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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
 

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 本番まであと十分――。

 部屋に戻ったら、裕貴くんひとりがギターを弾きながら軽く口ずさんでいた。残念ながらその歌声はよく聞こえず。

「あ、柚お帰り」

 にこっと笑って出迎えてくれる裕貴くん。

 いいなあ、この子の爽やかな笑顔、癒やされるなあ。

「ただいま。あれ、あのでかい人は?」

 八畳くらいの広さの部屋に、早瀬がいない。
 名前を呼ぶのが癪だから、適当に形容してみる。

「ああ、でかい人は突然片耳抑えてさ、耳が馬鹿になってどれも似た音に聞こえるから、外行ってくるって出て行ったよ。俺なんか必死に暗譜してるのに、なんであいつ音ばかり追って余裕なのかな。ベースの練習しねぇでシンセばっか弄ってるし」

 ちょっと拍子抜けした。

 外の冷たい空気にあたりながら、裕貴くんの一大事に、あたしの私情で空気を悪くしてはいけないと反省したあたしは、戻って早瀬に会ったら、何事もなかったようにしようと「平常心」と念仏のように唱えて来たというのに。

「で、柚。台車でなに運んできたのさ!」

 あたしが部屋に運んだ台車の上にあるそれを見て、裕貴くんは驚いた顔を出す。

「ん? お面がなくて、借りてきた。裕貴くんは、りすとうさぎどっちがいい?」

 それは、風船を子供に手渡していた着ぐるみだった。
 お面がないことにほとほと困り切ったあたしは、顔を隠すのなら着ぐるみでもいいのではないかと思い至ったのだ。

 ぺこぺこと頭を下げて、30分だけの貸衣装。
 無我夢中でなにを言ったのかは忘れたが、なぜか着ぐるみの中に入っていたお姉さんは泣いていた。非常事態だと貸してくれたのだ。

 着ぐるみとは、中々良いアイデアだと自分でも思う。
 世には狼のかぶり物をしてプロデビューしているのもいるんだから、りすやうさぎぐらい。愛くるしいお顔で、審査員を魅了しちゃえ!
 
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