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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
「嫌いなの、あいつのこと」
「大嫌いだけれど、音楽は尊敬してる」
「……。あのおじさんが柚になにをしたかは知らないけどさ、だけどおじさんが、柚と一緒に音楽やりたいって言うの、悪気はないと思うよ」
「……」
「悪気があったらさ、なにもこのシンセにこんな打ち込みを登録しないって。絶対、面倒くせえよ、こんなこと本番前にちまちまと」
「え? 打ち込みの登録?」
裕貴くんは苦笑しながらシンセの前に立ち、人差し指一本で上のレの白鍵を押した。
すると、途端に広がるのは沢山の鍵盤を押して出るメロディアスな主旋律。
「え、指一本なのに?」
押している間に、メロディーは繰り返され、しかもピアノの音だけではなく、あたしの耳には少なくともストリングス系、ベル系、そしてブラス(管楽)系が合奏している。
これは、打ち込みの登録――シンセの鍵盤に演奏データを記録再生出来るシーケンス機能を使っているのはわかった。シーケンス機能は、シンセサイザー(キーボード)を演奏出来ないひとや、ひとりで演奏するのが困難な時に使うものだ。
裕貴くんは、オクターブを変えて別の鍵盤を弾いてみせる。
するとやはり指一本、ひとつの鍵盤だけなのに、その音を根音とした和音だけではなく、オクターブの音も同時に響いた。
あたしが出来なくなった音が、ここにある――。