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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
「柚に怒られても、あのおじさんは諦めてないんだよ。どうしようもなく言葉足らずで不器用で、柚の心をわかってはいないけどさ、それでも柚と一緒にやりたくてたまらなくて、柚が辛い昔に捨てた音を再現しようとしてる。もう絶対あのおじさんの頭の中、困ってる俺より柚が遙か上位にいるんだろうな」
「……」
「俺さ、もう腹くくってる。逃げ帰りたくない、あいつらを見返してやりたい、その一心だ。それにこんなにいいギターメロを考えてくれたあいつにも、色々走り回って譜面まで書いてくれた柚にも、俺はどんな邪魔されてもへこたれないところを見せたい。騒がしいあんた達のおかげで緊張する間もねぇし」
「……」
「別に柚とあいつとでバンドを組んでいるわけではなく、即席だ。優勝は無理だろう。だからこそさ、俺的には三人でなにか残せたらいいなと思うわけ。別に間違えようが音抜けようが、柚は柚で俺が作ったオリジナルをなにか一音でもいいから音色で飾ってくれたら嬉しいなって、それは正直なところ思う。柚がいなければ、俺……家に帰ってたし。ギターも壊して、音楽に背を向けていたと思うから」
「……」
「もし俺が、こうやってシンセのシーケンス弄れて、柚も参加出来るようにとお膳立てしたら、柚はそこまで怒らなかっただろう? あいつだから怒った。それはあいつの音楽性を否定したり、音楽自体がやりたくないからではないよね?」
「……うん」
音楽は好きだ。早瀬が作る音楽を含めて。
「強制はしないよ。だけど、ひとつ言うとすれば。あのおじさん、柚が嫌うほど悪い奴ではないと俺は思う。悪い奴ならこんな手間かけねーもん。きっとスタジオからシーケンスつきのシンセ借りた時から、柚も一緒に出来るように考えていたと思うよ」
あたしはスカートの服地をぎゅっと掴んだ。
「言葉って難しいよ、柚。俺だって言葉が得意じゃねぇけど、俺の言っている言葉から俺の気持ちがわかるのなら、言葉に不器用なあいつの言葉の裏側も僅かでもわかるはずだ。悪意があって、柚に弾けと言ってたのかどうか」
あたしが好きだった早瀬。
嘲笑ってあたしを突き放した早瀬。
今だって強引で、あたしの言うことを聞いちゃくれないけど。
――殻から出てこい。……俺が、そこから助けてやるから。