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エリュシオンでささやいて
第15章 Approaching Voice
「ああ、お守りをくれただろう?」
「そっち!?」
……最初から、イレギュラーな使い方をしようとされていた、可哀想な四重苦のボールペン。
なるほど。だから掃いて捨てるほどあるボールペンをご所望になったわけか。確かに渡したのがお気に入りのボールペンであったら、立ち直れない。
「では、なぜ数を数えさせられていたのでしょうか」
「向こうのタイミングを崩すため。成功したろう?」
しれっと答えた。
つまりあたしは囮であって、棗くんのような相棒ではなく。
囮と言っても危険は全くなかったのだけれど、それでも全身全霊で数を数えていたあたしとしては、なにかやるせない。
「それより、遥は……」
須王の声に、あたしもはっと我に返る。
ベッドには、布団を被った遥くんが寝ていて、ほっとした。
しかし、ベッドの隣にある、血だらけの担架はなんなのだろう。
柘榴の甘い匂いに混ざって、僅かに血の……鉄臭さが感じられる。
この担架の血は、そこまでの量ではないとは思うけれど。
思わず担架を見るあたしとは違い、須王は険しい顔をしたまま、逆に遥くんのベッドの傍に立つと、彼に被せてある布団を掴んだ。
「ちょ、須王。遥くん寝ているんだから……って、須王!?」
途端、あたしの鼻には……噎せ返るような鉄の匂いと、魚屋にいるような生臭い、魚の腸のような匂いが広がる。
あまりの悪臭に、あたしは思わず鼻と口を押さえた。
そう、あたしはこの悪臭に耐えるのが精一杯で、その悪臭の原因を目にしていなかった。
それは本能的なものだったのかもしれない。
そろりと見た、須王の横顔が能面になっている。
それは、感情を押し殺しているというよりは、深く傷ついているのにも近いものだ。
なに……?
だからあたしは視線を落とした。
即ち、遥くんの元へと。