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恋いろ神代記~縁離の天孫と神結の巫女~(おしらせあり)
第6章 巫女として
 字(あざな)は気分によって変えるので山程あるようだったが、それ故に淡島の人間は男が誰であるか知っていた。
 名は──月読命(ツクヨミノミコト)。
 豊葦原を治める国津神八百万、高天原を治める天津神八百万──その万物の頂点である太陽を司る“天照大御神(アマテラスオオミカミ)”と時を同じくして生まれたのが、この月と夜の神だった。
 朽ちた女神を見て逃げ出し、黄泉国より地上に戻った原初の男神が、その穢れを清らかな水にて禊ぎ祓った時に生まれた、尊き三柱の神の中子──。
 「──…」
そうして酒を飲み干した月読はふと地上を見、それから何か天啓を得たように伍名に向き直ると意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「稲田の時期には、嵐と雷が付き物だな」
「……、そのお相手は、可能な限り私にはご勘弁を」
弁舌をふるっていた伍名が一瞬押し黙るのを見た月読は、気を良くしたのかその笑みを深め空の盃を座敷に放ると、おもむろに懐から横笛を取り出し唇にあてがった。
 夜の静寂(しじま)の神が奏でる音。
 伍名はその音を辿るように外の世界に視線を移す。
 もし淡島の広場に人がいたならば──その音はきっと、月の煌めきと共に、静かに届いていただろう。

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