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月光の誘惑《番外編》
第2章 月下の桜(二)
「……何?」
「ん、翔吾、ちょっと顔が穏やかになった?」
「さあ?」
「弟くんは相変わらずツンツンしているけど、翔吾は優しくなった感じがする。カノジョのおかげかな?」
由加はニッと笑う。夏の彼女の笑顔に惹かれ、付き合い始めたのが今は懐かしい。
嘘でもいいから「由加のことは本気だよ」と言ってあげたら、彼女も少しは安心していられたのかもしれない。そんなことを考えて、やっぱり俺はバカなんだなと自嘲する。
「でも、遊びだから」
「あ、それなんだけど。カレシが翔吾のこと話せって言うから話したんだけどさ」
おい、やめろよ。俺、お前の今カレとやり合う気はないぞ。サッカーしかしてこなかったから、喧嘩とかめちゃくちゃ弱いぞ。したことないけど。
予想外の展開に慌てたが、由加から発せられた言葉は、実に意外なものだった。
「カレシ、翔吾のこと『臆病なんだな』って言っていたよ」
「……臆病?」
「なんか『遊びだと思い込むことで、予防線を張っている感じがする』って。『本気になるのが怖いんだろうな』とかも言っていたかな」
お前の彼氏、メンタリストか何かか?
由加の荒んだ気持ちを落ち着けるための口説き文句だとしても、それに俺が利用されていたのだとしても、構わない。それで由加を幸せにしてくれるなら。
「大事にしてもらえよ。あと、そんな薄着で風邪引くなよ。もう看病してやれないんだから」
「言われなくても大事にしてもらってまーす! 看病もカレシに頼むもん。翔吾もお幸せに!」
由加はヒールのあるブーツを鳴らしながら、コートを着るついでにヒラヒラと手を振って出て行った。
噂の出処は由加ではない。それがわかっただけでも収穫だ。
遊びだと思い込むことで予防線を張っているのも、本気になるのが怖いのも、臆病なのも、当たっているのかもしれない。
相手は遊びでセックスをする女。俺には本気になってくれない。
そんな彼女に恋をして、どうする?
そんな彼女に溺れて、どうなる?
俺は――最近、いつも「好きだ」と「本気になってはいけない」の間に、いる。
こんなはずじゃ、なかったのに。