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月光の誘惑《番外編》
第2章 月下の桜(二)

「……ごめんなさい。私が、由加さんと桜井くんの噂を流したの」

 病院の待ち合い室で、あかりの治療と検査が終わるのを待つ間、杉田がぽつぽつと話し始める。
 救急センターに人はまばらにいる程度。大声でなければ話していても構わないだろう。

「由加さんの悪い噂を流せば、桜井くんが彼女と別れるかと思って……でも、桜井くん、また別の人と……私、悔しくて」

 杉田に怪我はなかった。杉田があかりに正面からぶつかって、杉田を受け止めきれなかったあかりが倒れ、後頭部を地面にぶつけたのだ。
 今、脳の画像診断をしているようだ。何もなければ良いのだけど。

「だから、桜井くんの悪い噂を、流して……孤立したところを、励まそうと……」

 あかりが乗せられた救急車に、俺と杉田も同乗した。洋介に連絡して、二人の荷物を病院に持ってきてもらっている。合コンもとい同窓会は、お開きになったようだ。まぁ、仕方ない。

「……あの人、月野さんとの写真を桜井くんに送ったのは、私なの」
「なんで、そんなこと」
「羨ましかったの。桜井くん、あんな笑顔、私に向けてくれないから……」

 溜め息しか出ない。
 杉田はあかりに危害を加えたいわけでも、俺を奪いたいわけでもない、と呟く。
 ただ、ずっと見ていたのだと知って欲しかったのだそうだ。

「尾行、していたのか?」
「……GPSを、バースデーベアに」
「マジか……」

 発信機が仕込まれていたなんて、全然気づかなかった。尾行しなくても居場所がわかるなら、確かに楽だろうけど。
 ……クリスマスプレゼントを買っているときの動きもバレバレだったということか? それが一番恥ずかしい。

「盗聴は……してないから」
「うん、それ、犯罪だから」

 やっていいこととやってはいけないことの境界線が、いつしかあやふやになってしまったのだろう。
 杉田は小さく嗚咽を漏らしながら、「好きなの」と再度呟く。
 好きだから何をしてもいいわけではない。そんな簡単なこともわからなくなってしまったのか。

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