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月光の誘惑《番外編》
第1章 月下の桜(一)

契約の話をする前にダウンジャケットを脱いだ彼女は、細身のスーツ姿だった。
着痩せするとかそういうレベルではない。ダウンジャケットがかなり体型に合っていないのだ。かなり。
まぁ、見るからに安そうなものだから、仕方がないのだろう。
もっと体型にあったものを選べば、スタイルの良さが際立つのに。
そんな、お節介が頭をよぎる。
「……」
暇つぶしにアクセサリーを見ていたら、月と星がモチーフになったかわいらしいストラップが目に入った。
シャラシャラと揺れる、金色の夜。赤いスマートフォンには似合いそうだ。
思わず手に取り、会計をすませる。
ストラップをジャケットのポケットに入れたところで、カウンターに座って心配そうにこちらを見ている彼女と目が合った。
「あのぅ、お兄さん、こっちこっち」
どう見ても歳上の彼女に「お兄さん」と呼ばれるのは釈然としない。
けれど、お互いまだ名乗っていなかったことに、ようやく俺は気づいた。
「……桜井です」
「桜井さん、あの、これ、意味わかります? 私はわかりません」
彼女のほうは自分が名乗っていないことにまだ気づいていない。

