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belle lumiere 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第3章 16区の恋人
光は眉を顰める。
「…どういうこと?」
縣はゆっくりと裏窓に近づき、外の景色を眺める。
隣のアパルトマンの窓辺で、アラブ系の中年女が疲れた様子で洗濯物を干していた。
「ここは君のような女性が住むのに相応しい場所じゃない。ジュリアンに詳しく聞いたが、ここはパリで一番危険な街らしいじゃないか。不法滞在者にアルコール中毒者、阿片中毒者…今まで君が何事もなく過ごせたのは奇跡みたいなものだ」
光が拗ねたようにそっぽを向く。
「…仕方ないじゃない。普通の所だと父がすぐに捜し当てるわ。…それに家賃が高いし…」
縣は光に近づき、諭すように話し始めた。
「ジュリアンの屋敷に住み込みで働いて欲しい。
…私はフランス語は会話ならなんとかなるが、やや込み入ったビジネス文書だと苦手でね。今、ワインの輸入業に力を入れていて、どうしても様々な書類を読み込んだり作成したりしなくてはならない。
君に秘書として私の側で働いて欲しいんだ。
…給料は月に300フランでどうだ?」
光は目を丸くする。
「高すぎるわ!」
「…私への借金がすぐに返せるぞ?」
光は口惜しそうに唇を噛みしめる。
「…どうして?」
「…うん?」
「どうして私にそんなに構うの?」
光の高慢な血統書つきの猫のような瞳が縣を皮肉っぽく見つめる。
「私のことを嫌いな癖に…。私なんか梨央さんの従姉妹というだけで、貴方とは何の繋がりもないでしょう?」
縣は苦笑する。
「私を嫌っているのは君の方だと思うがね…。
まあそれはともかく…嫌なんだ」
「何が?」
「君が危険な目に遭うかもしれないのがたまらなく嫌なんだ。…君には鬱陶しく感じるかもしれないが…嫌なものは嫌だ」
縣の眼差しは驚くほど真剣だった。
光は黙り込んだ。
「…君の恋人に説明が必要なら私が直接話す。もちろん、休みには2人で過ごして貰って構わない。君達の恋愛を邪魔する気は毛頭ない」
光はゆっくりと目の前の男を見上げた。
…立派で洗練された身なり…。背も高くて堂々とした体躯…。
アジア系を馬鹿にするフランス人にも一目置かれるような美しく整った男らしい容貌…。
…昔から少しも変わらない…。
優しくて温和で折紙付の紳士…。
完璧すぎて面白くなくて、いつも文句や皮肉ばかり投げつけてきた…。
そんな私になぜここまで親切になれるの?
光は躊躇いつつも口を開こうとした。
「…縣さん…貴方は…」
「…どういうこと?」
縣はゆっくりと裏窓に近づき、外の景色を眺める。
隣のアパルトマンの窓辺で、アラブ系の中年女が疲れた様子で洗濯物を干していた。
「ここは君のような女性が住むのに相応しい場所じゃない。ジュリアンに詳しく聞いたが、ここはパリで一番危険な街らしいじゃないか。不法滞在者にアルコール中毒者、阿片中毒者…今まで君が何事もなく過ごせたのは奇跡みたいなものだ」
光が拗ねたようにそっぽを向く。
「…仕方ないじゃない。普通の所だと父がすぐに捜し当てるわ。…それに家賃が高いし…」
縣は光に近づき、諭すように話し始めた。
「ジュリアンの屋敷に住み込みで働いて欲しい。
…私はフランス語は会話ならなんとかなるが、やや込み入ったビジネス文書だと苦手でね。今、ワインの輸入業に力を入れていて、どうしても様々な書類を読み込んだり作成したりしなくてはならない。
君に秘書として私の側で働いて欲しいんだ。
…給料は月に300フランでどうだ?」
光は目を丸くする。
「高すぎるわ!」
「…私への借金がすぐに返せるぞ?」
光は口惜しそうに唇を噛みしめる。
「…どうして?」
「…うん?」
「どうして私にそんなに構うの?」
光の高慢な血統書つきの猫のような瞳が縣を皮肉っぽく見つめる。
「私のことを嫌いな癖に…。私なんか梨央さんの従姉妹というだけで、貴方とは何の繋がりもないでしょう?」
縣は苦笑する。
「私を嫌っているのは君の方だと思うがね…。
まあそれはともかく…嫌なんだ」
「何が?」
「君が危険な目に遭うかもしれないのがたまらなく嫌なんだ。…君には鬱陶しく感じるかもしれないが…嫌なものは嫌だ」
縣の眼差しは驚くほど真剣だった。
光は黙り込んだ。
「…君の恋人に説明が必要なら私が直接話す。もちろん、休みには2人で過ごして貰って構わない。君達の恋愛を邪魔する気は毛頭ない」
光はゆっくりと目の前の男を見上げた。
…立派で洗練された身なり…。背も高くて堂々とした体躯…。
アジア系を馬鹿にするフランス人にも一目置かれるような美しく整った男らしい容貌…。
…昔から少しも変わらない…。
優しくて温和で折紙付の紳士…。
完璧すぎて面白くなくて、いつも文句や皮肉ばかり投げつけてきた…。
そんな私になぜここまで親切になれるの?
光は躊躇いつつも口を開こうとした。
「…縣さん…貴方は…」