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belle lumiere 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第1章 ムーランルージュの夜
「…恋人は作らないの?」
新しいシャンパンを注文して、ジュリアンは尋ねた。
さっきから舞台の歌手が縣に流し目を送ってくる。
それに気づいたジュリアンはにやりと笑いながら、縣に目配せをする。
縣は肩をすくめる。
金髪に青い瞳、豊満な身体…。まるでハリウッド女優のようなコケティッシュな容姿の歌手だ。

「仕事が忙しくてね。…それに…暫く恋はいいんだ。そんな気になれなくて…」
梨央との婚約を解消してから、どこから聞きつけて来たのか松濤の縣の屋敷には次々と華々しい見合い写真と釣書が送られてくるようになった。
引退して葉山の別邸にいる縣の父親は、北白川家と縁戚関係になることが最大の夢だったので婚約解消を嘆き、意地になって華族の令嬢との縁談話を寄越してくるのも鬱陶しかった。
自然と仕事に逃げるようになり、もっぱら最近は海外暮らし続きだ。
今回は新しく洋酒販売を展開することになったので、ブルゴーニュのワインの買い付けにフランスに渡ったのだが、たまたまパリに帰国中のジュリアンに誘われ享楽の街、モンマルトルのムーランルージュを訪れたという訳だ。
金髪美人の歌手は縣を見て、ウィンクする。
縣は頬づえをついたまま、口元に笑みを浮かべ軽く手を振る。
海千山千のはずの歌手が照れたように目を瞬かせた。
「…タラシだな」
ジュリアンがジロリと縣を睨む。
「関係ないところに愛想を振りまいていないで、ちゃんとした恋人を作れよ」
「言っただろう?…本気の恋は暫くしたくないんだ」
…もう、切ない思いはしたくない。
あんなに夢中になれる人に巡り会える訳がない。
当分、恋なんて…。

ぼんやり思いを馳せていた縣のところに不意に赤い薔薇が一輪投げ込まれた。
件の歌手が胸に挿していた薔薇らしい。
歌手は歌い終わると、未練たっぷりに縣に濃厚な投げキスを送りながら袖に引っ込んだ。
周囲の客から縣へ羨望の拍手と口笛が飛んだ。

縣は薔薇を手にするとちらりと一瞥し、醒めた口調で呟いた。
「赤い薔薇は嫌いだ…誰かを思い出すからな…」


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