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溺愛 ~ どうか 夢のままで ~
第10章 兄妹だから


愛情なんてなかった

センパイはあの時、愛情の欠片もわたしに抱いていなかった


「愛のないキスって、あるよね?」

「──…」


袖を掴んで引っ張ってきた手。伊月が見ると少しだけ震えている。

きゅっと引き結ばれた唇は緊張で力がこもっており

いつもはどこか遠慮がちな黒目は、そらさないよう一生懸命で

そして

生ぬるい風にふわり遊ばれた黒髪と──

そこからのぞいた彼女の首筋には

「…!」

汗ばんだ白い首筋には

伊月の知らない "新たな" キスマークが浮かんでいた。








へぇ


そうか


ああ…


なるほどね




「………おいで」




花菜の手を取った伊月の声は、まろやかで丁寧で、それでいて表情がなかった。

高くもなく低くもない…普段から中性的な彼の声は、つまりは具体的な手がかりが乏しい。感情が奥に隠れていてどこか客観的なのだ。

驚き、戸惑い、怒り、妬み

それらをひとたび深海へ引きずり込んだ後、数日後には何喰わぬ顔で小舟を浮かべる小波( サザナミ )のような──それくらい客観的な "景色" と化している。


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