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それを、口にすれば
第6章 気持ちが、あるから
その後、出勤しなければいけない時間よりも早く優雨は店に到着していた。

もともとかなり余裕をもって部屋を出たのだから、理沙子と立ち話をする時間ぐらいはあったのに……と、まるで逃げ出すようにして出て来てしまった情けない自分の姿に、優雨は思わずため息をついた。

それにしても、良介の嫌味に理沙子との気まずい時間……今日のような朝は、アルバイトを始めていてよかったとつくづく思う。

人気店のため時間はあっという間に過ぎるし、ただの皿運びだと良介は言うが優雨は大きなやりがいも感じていた。
覚えることは多いし、常連さんに特別に声を掛けてもらったりすると大きな自信にもなった。
ただ、家に閉じ込もっていただけの自分とは違うのだ。

「優雨ちゃん、初給料だよ」

忙しいランチタイムが終わり、更衣室兼事務所に戻ると、大きな体に丸い顔をした、人の好さそうな笑顔の熊崎店長が封筒を手にして待っていた。

初めて会った時、くまのぬいぐるみのような愛嬌のある人物が〝熊崎〟と名乗った時には思わず笑みが零れてしまった優雨だったが、実際に彼のもとで仕事をしてみると、理沙子から聞いていた通り本当に温かく頼り甲斐のある人物だった。

そのため、優雨は心の中で勝手に父親と重ねているぐらいだった。
……と言っても、後から知った年齢は四十代前半ということだったが。

この店は熊崎店長の祖父の代から続く老舗の洋食屋で、常連客も多い。
伝統の味を守る店長は、この店のオーナーシェフだった。

「銀行振り込みは好きじゃないんだよねえ。やっぱりさ、封筒でもらうと働いたなって感じがするじゃない。うちはずっとこうなんだよ」

そう言って店長が豪快に笑う。

「はいっ! そうですね……ありがとうございます!」

すると奥のロッカー室から、優雨の教育係をしてくれている佐藤主任が現れた。
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