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恋いろ神代記~神語の細~(おしらせあり)
第3章 誓約
 虚空に残ったのは、……ありふれた夜の静寂と、春の眠りに酔う、とっぷりとした木々の気配だけ。
 「……行っちゃった……」
「……」
その夜に佇む二人の元に、やがてさらさらとした水の音が届く。田に引き入れる水を管理する、小川の音。
 春が過ぎ夏を偲んで、訪れる収穫の日、その実りは今までとどう変わっているのだろう。
 稲の波はこの小さな水音をかき消すほどに、来年、再来年となおそのうねりをのびやかにして、ここに訪れる人々は高らかにその実りを言祝いでくれるのだろうか。
 神依は社殿の前に歩み寄ることすらできず、ただその光景を思い浮かべて立ち尽くしていたが、帰ろう、と優しく背を押す声と手に促されて、ゆっくりと頷いた。



 「その……すまない。俺のつまらぬ戯れのせいで、悲しい思いをさせた」
帰り道、日嗣は緩く繋いだ手をよすがに、気まずさを滲ませた声でそれだけを呟く。甘やかな空気の中で、それを更に煮詰め、満たされるための細やかな神遊びのはずであったのに。未だ人間(ひと)として生きる少女の心を、慮ってやれなかった。
 しかし神依はそれを責めることなく、もう笑顔で首を横に振った。
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