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恋いろ神代記~神語の細~(おしらせあり)
第4章 傘爺

だからきっと傘爺は雨を降らせるのだろう。空も空気も、全部あの灰色に変える寂しい雨を降らせて、世界中のみんなを灰色に包んでしまう。その寂しい世界にぼんやりと自分を紛れ込ませて、薄めていく。
さっき詠士と思い描いたような心を潤す雨の日は、多分傘爺のもとには訪れない。綺麗な音楽も聞こえない。紙の中に無限に広がる、不思議な世界にも辿り着けない。傘爺の雨は、ただ人を凍えさせて寂しくするだけの雨に違いなかった。
詠士の肩をつかんでいた手に、ぎゅうと力がこもる。耳の奥を震わす、その氷雨の音。切れ目のない、ひとりぼっちの音。すっかり濡れてしまった髪が肌にぴたりと張り付いて、頬にその雫が滴った。寒い。
(でも、だいじょうぶ。平気。詠士がいるから)
傘爺はひとりぼっちだけど、あたしには詠士がいるから──だから、心まで、寒くはならない。
頷く代わりに、こくりと一度喉が動く。
──とその時、傘爺がのったりとうごめいた。
(あ──)
地に向かいこれでもかと丸められた背は、詩織がイメージするより遥かに老いた、老人の体(てい)。相変わらず足元は見えなかったが、傘爺は灰水の自身の傘を左手に持ち替え肩に掛けると、目の前に転がる小さな傘を拾ってのろのろと立ち上がった。
さっき詠士と思い描いたような心を潤す雨の日は、多分傘爺のもとには訪れない。綺麗な音楽も聞こえない。紙の中に無限に広がる、不思議な世界にも辿り着けない。傘爺の雨は、ただ人を凍えさせて寂しくするだけの雨に違いなかった。
詠士の肩をつかんでいた手に、ぎゅうと力がこもる。耳の奥を震わす、その氷雨の音。切れ目のない、ひとりぼっちの音。すっかり濡れてしまった髪が肌にぴたりと張り付いて、頬にその雫が滴った。寒い。
(でも、だいじょうぶ。平気。詠士がいるから)
傘爺はひとりぼっちだけど、あたしには詠士がいるから──だから、心まで、寒くはならない。
頷く代わりに、こくりと一度喉が動く。
──とその時、傘爺がのったりとうごめいた。
(あ──)
地に向かいこれでもかと丸められた背は、詩織がイメージするより遥かに老いた、老人の体(てい)。相変わらず足元は見えなかったが、傘爺は灰水の自身の傘を左手に持ち替え肩に掛けると、目の前に転がる小さな傘を拾ってのろのろと立ち上がった。

