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恋いろ神代記~神語の細~(おしらせあり)
第4章 傘爺

けれども傘爺はそれに応えず、詩織もまたどうしていいか分からず傍らの詠士の様子を窺った。
「……」
傘爺とどこかで会ったことがあるという、その詠士はじっと前を向いて、二人を見つめている。詩織がその視線をなぞるように再びベッドの方に目を遣れば、おばあちゃんは慌てた素振りでテーブルを退かそうとして、腕を伸ばしていた。
「やめなさい──違う、あの子は」
「どうして止めるの、ほらあの子よ。私には分かるの──」
さっきまで穏やかに糸を通していたはずの手が暴れ、苺柄のマグカップと白の湯呑みを弾き飛ばす。
「あっ──」
二つは床の上を転がって、部屋の真ん中辺りで止まる。詠士は詩織をちらりと見ると、傘を手離し代わりにそれを拾い上げに歩みを進めた。
そのままこぼれたお茶を跨ぎ、ベッドへと向かう詠士。詩織もまたそれに倣い、傘を抱きしめたまま──自分とは遥かに時も歳も隔てた、異(い)なる二人の元へと進み出た。
こと、こと。カップを置く音。
*
どこか鼻につく、あのニオイが濃くなる。
「──おかえり──おかえりなさい、おかえりなさい……」
そして繰り返される、ただそれだけの言葉。
「……」
傘爺とどこかで会ったことがあるという、その詠士はじっと前を向いて、二人を見つめている。詩織がその視線をなぞるように再びベッドの方に目を遣れば、おばあちゃんは慌てた素振りでテーブルを退かそうとして、腕を伸ばしていた。
「やめなさい──違う、あの子は」
「どうして止めるの、ほらあの子よ。私には分かるの──」
さっきまで穏やかに糸を通していたはずの手が暴れ、苺柄のマグカップと白の湯呑みを弾き飛ばす。
「あっ──」
二つは床の上を転がって、部屋の真ん中辺りで止まる。詠士は詩織をちらりと見ると、傘を手離し代わりにそれを拾い上げに歩みを進めた。
そのままこぼれたお茶を跨ぎ、ベッドへと向かう詠士。詩織もまたそれに倣い、傘を抱きしめたまま──自分とは遥かに時も歳も隔てた、異(い)なる二人の元へと進み出た。
こと、こと。カップを置く音。
*
どこか鼻につく、あのニオイが濃くなる。
「──おかえり──おかえりなさい、おかえりなさい……」
そして繰り返される、ただそれだけの言葉。

