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恋いろ神代記~神語の細~(おしらせあり)
第2章 桂楫
「……理由はどうあれ、高天原より降りし神の元にある巫女はその神の妻。一世一夜(ひとよひとよ)の交わりに、端神ごときが──我が世我が夜の妹(いも)を脅かし、所望する楽の音を止められると思うてか……?」
「……っ」
圧するでもない、優雅とさえ思える所作。詞を紡いだ声は優美で吟うようにさえあったのに、今にも優沙に襲い掛かろうとしていた蜂の群れは、その場でぴたりと動きを停めてしまった。見えない壁を見ているようで、こちら側にいるはずの優沙さえ微動だにできない。
 そんな時の止まった夜のもと、月読はふうわりと衣を翻すと琴の脇をすり抜け、あの笛を手に縁に座した。
「……酒を」
「……っは──はい」
その一言は、禊ではなく巫女たる優沙へ。それが何を意味するのかすぐに察した優沙は、禊の手を借りながら先程まで月読が手にしていた盃と、新しい盃の二つに酒を注ぐ。どうかこれが旨いものになりますようにと、小さな水音に祈りをこめる。
 不恰好に盆を持ち、まごつきながらも両の手で盃を差し上げれば、男神は今度は柔らかな笑みと共にそれを受け取り唇を触れさせた。腫れた手にも嫌な顔を見せない。それが優沙には泣きたいほどに嬉しく、また同じくらい苦しかった。目の前の花も、蟲も、本来はこの神が厭うものではなかったのだろう。
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