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恋いろ神代記~神語の細~(おしらせあり)
第2章 桂楫
盃を傾けていたのは、含むというには長く、飲むというには短い時間。けれども月読は満足そうに息を抜き盃を置くと、もう一つの盃を琴の前に進めた。荒ぶる神へ向け、ただただ穏やかに降した。
「……ある道を極めんとする時、利を求める者は急いて足を踏み外し、凡人は賢人の衣を纏いてそれを汚さぬがために足を止める……。しかし達人は恐れながらも先の見えぬ正道を這い、狂人はその深淵を楽しみ、神は遊びて高みを目指す。……いずれにしても賢(さか)しき人共には、進む者は神さえ愚者にも見えようが……お前の初音も、確かに愚か者の奏でる音だ」
「月読様……」
男神の眼差しが瞬き優沙を捉え、それから自らが手にする横笛へと向けられる。永遠にも等しい時間をもってしても、未だどこにも到らぬ──その虚しさも苦しさも、また楽しさをも知る眼差し。優沙も、自分より遥かに上手(うわて)な者達の、同じような目や涙を見たことがあった。自分が同じ道を志していたかは分からないが、長く長く、今も好きであり続けたのは楽器だけだった。
やがて満ちぬ神の目は、羽音だけを唸らせる蜂と庭に敷き詰められた赤い花の群れを横になぞり、再びその視線を笛に戻すと袖を整え、構えた。
「……ある道を極めんとする時、利を求める者は急いて足を踏み外し、凡人は賢人の衣を纏いてそれを汚さぬがために足を止める……。しかし達人は恐れながらも先の見えぬ正道を這い、狂人はその深淵を楽しみ、神は遊びて高みを目指す。……いずれにしても賢(さか)しき人共には、進む者は神さえ愚者にも見えようが……お前の初音も、確かに愚か者の奏でる音だ」
「月読様……」
男神の眼差しが瞬き優沙を捉え、それから自らが手にする横笛へと向けられる。永遠にも等しい時間をもってしても、未だどこにも到らぬ──その虚しさも苦しさも、また楽しさをも知る眼差し。優沙も、自分より遥かに上手(うわて)な者達の、同じような目や涙を見たことがあった。自分が同じ道を志していたかは分からないが、長く長く、今も好きであり続けたのは楽器だけだった。
やがて満ちぬ神の目は、羽音だけを唸らせる蜂と庭に敷き詰められた赤い花の群れを横になぞり、再びその視線を笛に戻すと袖を整え、構えた。