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恋いろ神代記~神語の細~(おしらせあり)
第2章 桂楫
 返事はない。けれども再び笛の音が接がれ、優沙はそれを合図に頭を上げて琴までにじり寄ると先程のように準備をし、そして──その音に導かれるまま、弦を弾いた。
 (優沙様……)
一音。一音。
 九ノ弟は優沙の背中越しにちらちらと見え隠れする、腫れた手をじっと見つめる。空気に弾けるように転がり出る音を、それを唆す笛の音を、一つたりとも取りこぼさないようしっかりと追っていく。
 実は九ノ兄がそうであったからか、九ノ弟自身もさほど楽の技能や知識は持ち合わせていなかった。特に優沙は感覚が独特で、よく音が「見える」と語り、その形を追うように奏でていた。音にも敏感で──だからこそ余計に病んでしまったのかもしれないが──自分達では到底手に負えないその感性は、腕の良い師に託すことで良くも悪くも距離を置いていたのだ。
 それこそが、主の持つ巫女としての天賦の才であったかもしれないのに──結局自分達はただ一つ、秀でた遊興の才くらいにしか思っておらず、今になってようやく気付くとは確かにあまりに情けない。これならやはり、卵か鶏かと侮られても仕方のないことだった。
 ──けれども二人には、知らぬ代わりに培われたこともあった。
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