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暁の星と月
第8章 月光小夜曲
…晩秋の湘南の海…
風間は本当の恋人のように暁の手を取り、夕陽が沈みつつある海辺を歩く。
冬の気配が忍び寄る潮風は想いの外冷たくて、暁は少し身を縮めた。
暁の首筋に風間のカシミアのマフラーがふわりと掛けられた。
振り向きざまに唇を奪われる。
風間は暁を潮風から守るように抱きすくめる。
「…人が見ますよ…」
人影が疎らとはいえ、皆無ではない。
風間は屈託なく笑った。
「…見せてやるよ。皆んな羨ましがる」
潮風は肌寒いけれど、暁の胸の中は春の陽射しのように温まる。
暁はそっと風間の手を握りしめた。


ホテル・カザマのロビーに着いたのは深夜であった。
従業員は御曹司と彼の親しい友人の帰還を密やかに出迎えるだけで、大仰に接したりしない。
おおらかな彼といると、自分まで伸びやかな気持ちになる。
風間にすっかり甘えきっている自分を感じる。
風間に優しく肩を抱かれながら、エレベーターホールに向かう。

奥の広間から1人の長身の男性が現れ、見るともなく見た暁の瞳が見開かれる。
…執事の正装をした月城であった。
月城は二人の姿を認めると一度立ち止まり、慇懃にお辞儀をした。
風間が朗らかに笑いながら手を上げる。
「やあ、月城。今夜は北白川伯爵のお供かな?」
どうやら風間は月城をよく見かけるらしい。
「…はい。旦那様はこちらで開催されておりますパーティにご出席で…。本日は従者が不在なので私がまいりました」
…穏やかに答えながら、月城は暁を見つめる。
「…暁様、お元気そうでなによりです…」
月城の眼差しは表情が読み取りにくい。
暁は何となくばつが悪く、俯いた。
「…うん…」
…こんな深夜に、男に肩を抱かれながら客室に向かおうとしている自分を見て、月城はどう思うのだろうか…と。
月城は暁が同性しか愛せないことを知っている。
…大紋に失恋し、わずかな月日でもう別の男に靡いたのかと思われはしないだろうか…。
暁の胸の内が伝わったかのように、風間は更に暁の肩を引き寄せる。
「また一緒に早駆けをしよう。倶楽部で会うのを楽しみにしているよ。…行こうか、暁…」
風間が暁の髪にキスをした感覚が伝わる。
暁は月城の貌を見ることもなく、風間に促されエレベーターに向った。
…月城は…僕を軽蔑したかも知れない…
何となく遣る瀬無い気持ちのまま、暁は男に腰を抱かれてエレベーターに乗り込んだ。


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