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暁の星と月
第8章 月光小夜曲
「暁様。風間様のご用意が整われました」
生田の声に振り返ると、黒いドレスに白いエプロンといったメイド姿の百合子とお仕着せを着た下僕姿の風間が寄り添うように佇んでいた。

暁は眼を見張る。
生田が控えめに説明する。
「…お屋敷から出てゆくのに、万が一見られてもこのお姿なら不審がられないかと存じまして…。私と彌生さんとで急遽設えました。…出すぎた真似でしたらご容赦下さいませ」
頭を下げる生田に暁は首を振る。
「ありがとう、生田。素晴らしい考えだ」

百合子が涙ぐみながら、暁にお辞儀をする。
「…縣様には何から何まで…このご恩は一生忘れません」
暁は百合子の手を握り、微笑む。
「忍さんと司くんと三人でお幸せになってください。
…忍さんの手は、決してお離しにならないでくださいね」
百合子は涙ぐんで頷いた。

暁は風間に黒革の書類入れ差し出す。
「…パリに着いたら、この中に入っている名刺と地図のところを訪ねてください。…ジュリアン・ド・ロッシュフォール。…兄さんの友人で、フランス大使、ロッシュフォール侯爵のご子息です。
お母様が日本人で、ハーフの方なのです。日本語が達者で、とても明るく良い方です。忍さん達のことを書いた手紙が入っています。電報も打ちました。…きっと住む家や仕事のことなど、力になってくれるはずです」
「…暁…君は…!」
風間の胸は暁への感謝で一杯になる。
「それから…これは少ないですが当座の生活費になさってください」
そっと渡された紙包みの厚さに驚く。
「…こんなの、貰えないよ」
固辞する風間に、暁は毅然と言い放つ。
「受け取ってくださらないと怒りますよ。…司くんもいるんです。…異国の街で、お金はあって困ることはありません」
「…暁…」
風間の眼は潤んでいた。
「…すまない…ありがとう…」

「坊ちゃん、そろそろ車に乗っていただいたほうがよかです。船の時間が迫っちょりますけん」
親衛隊の一人が遠慮勝ちに促す。
「分かった。…では忍さん、百合子さん」
暁が裏口の方へ導く。

風間が百合子に
「司と先に乗っていてくれ。すぐに行く」
と断り、百合子と司、荷物を持ったミツを送り出す。

その場には、風間と暁の二人きりとなった。
風間は改めて暁をじっと見つめた。
…白皙の美貌、その類稀れなる美しさ…。
百合子を愛していても、暁への特別な熱い思いは変わらない。




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