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暁の星と月
第9章 ここではない何処かへ
礼也は車寄せに付けられたメルセデスに乗り込みながら、ふと思い出したように呟いた。
「…パリでは光さんにもお会い出来るかも知れないな」
「…光さん…」
数年前の軽井沢でのお茶会を思い出す。
美しく自由奔放で情熱的な梨央の従姉妹…。
男装の装いがまるで美しい絵画のように魅力的で…どこか小悪魔的な雰囲気を漂わせる女性…。

礼也と丁々発止で渡り合い、彼に挑発的な言葉を吐いていたが、礼也は気を悪くする所か楽しげに彼女の相手をしていた。
礼也はあの頃は梨央と婚約していたので、淑やかな大和撫子と真逆な光を敬遠すると思っていたので意外だった。

「彼女はソルボンヌ大学に通っているんだよ。…去年、フランス大使主催のパーティーでお会いしたが、相変わらず驚くほどに美しく華やかで信奉者を侍らせて…まるで女王陛下のようだったよ」
礼也は可笑しそうに笑った。
…兄さんは光さんを気に入っているのかな…。
暁は少し不安になる。
だが、すぐにそれを打ち消した。
…それはないだろうな…。
光さんは兄さんの女性の好みとは真逆のタイプだ…。
…兄さんはまだ梨央さんのようにお淑やかで頼りなげで純粋無垢な女性がお好きなはずだ…。

「…光さんにも、お会い出来たらいいですね」
暁は礼也が乗り込んだ車の間近まで行く。
「…ああ、退屈しないパリの生活になりそうだ」
礼也は朗らかに笑う。

運転手が車のエンジンを掛けた。
礼也は窓を開けると暁の貌を引き寄せ、西洋式に頬にキスした。
礼也のフレグランスが鼻先を掠め、暁の胸は甘くときめく。

「…クリスマスイブまでには帰るよ」
暁の華奢な白い手を握り締める。
「必ずですよ…お待ちしています、兄さん」
暁は14歳の子どもに戻って兄を見つめる。
「ああ、約束だ。…いい子にしておいで…」
礼也が暁の頭を優しく撫でる。

車が静かに動き始める。
執事の生田と家政婦の彌生を始め居並ぶ下僕、メイド達が一斉に恭しく頭を下げる。

礼也が優雅に手を振る。
暁は子どものように手を振り返した。
…そして、青銅の門扉の向こうに遠ざかり、目の前から消えていった車をいつまでもいつまでも見送り続けたのだった。

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