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暁の星と月
第9章 ここではない何処かへ
「では、留守を頼んだよ。暁」
礼也がパリに旅立つ日が来た。
暁は玄関ホールまでの長い廊下を礼也と並んで名残り惜しげに歩く。
「…気をつけて行かれてくださいね、兄さん。お仕事、余り無理をしないで…きちんとお食事を摂ってくださいね。…それから風邪を引かないように…それから…」
礼也は魅力的な眼差しで笑うと、暁の頬を優しく抓る。
「お前は私の奥さんみたいだな、暁」
暁はどぎまぎする。
礼也は暁が可愛くてならないように、屈んで暁の額に額を付ける。
まるで恋人がくちづけをするような距離で囁く。
「ありがとう、暁。お前こそ身体に気をつけて。…それから屋敷に閉じ籠りは駄目だぞ。…梨央さんが来週、お前をお茶会に招待したいと仰っていた。…行ってくれるね…」
「…はい…」
暁は礼也がいないと仕事以外では馬場くらいにしか出かけない。
それを心配して、梨央に声をかけたのだろう。
礼也の優しさを嬉しく思った。
「…パリに行ったら風間くんにも会ってくるよ。…ジュリアンの家が所有している屋敷に滞在させて貰うから、ご一家を晩餐にでもご招待しよう」
暁は自分のことのように楽しくなった。
「ありがとうございます。…司くんという6歳の男の子がいるんです。…とても可愛くて…。すっかりフランス語も達者らしいので、更に腕白になっているかも…」
礼也は可笑しそうに笑った。
「それは楽しみだ。子どもは大好きだ」

…そしてふと、思い出したかのように、楽しげに告げた。
「…そういえば、春馬のところに来年、子供が誕生するらしい。今、5ヶ月だそうだ。絢子さんがようやく安定期に入ったので、そっと知らせてくれた」
暁は思わず、脚を止めた。
「…西坊城子爵夫妻は大層喜んだそうだ。…絢子さんが悪阻の時は夫人がつきっきりで看病したらしい。…絢子さんは嫁いでも、ご両親に溺愛されているのだな。
…暁?…どうした?」
付いてこない暁を心配し、振り返る。
「…い、いえ…なんでもありません」
暁は足早に礼也に追いつく。

…子ども…そうか…
…結婚したら…やがては子どもが生まれる…
…当たり前のことじゃないか…何を動揺することがある。
暁は自分に言い聞かせる。
手が冷たく強張るのを感じる。
…分かっていたことだ…こんな日が来ることは…
…けれど…
暁はそっと溜息を吐いた。
…春馬さんは本当に手の届かないところに行ってしまったんだな…。

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