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暁の星と月
第12章 堕天使の涙
その店は花園神社の側にあった。
煉瓦造りの外壁には蔦が絡まり、看板も出ていない。
一見何の店かもわからないような隠れ家のような店だった。

月城は夜の帳が下りた頃、その店のドアを押し開けた。
服装も遊び心のあるジャケットにやや派手なシャツ…夜の店に馴染む格好である。

入り口で案の定、店のボーイに捕まる。
「…お客様、失礼ですがこちらは会員制となっておりますが…」
月城は淀みなく答える。
「ホテル・カザマの風間氏に紹介されたのだが…聞いてないかな?」
風間の名前を聞いて、まだ若いボーイは慌てて頭を下げる。
「し、失礼いたしました!どうぞお入りください!」
「…どうも」
月城はふっと笑う。
…やはり蛇の道は蛇だな…。
一か八かで風間の名前を借りて良かった…。

店内は薄暗く、目が慣れるまで時間がかかる。
月城は目を細める。
紫煙が立ち込め、甘い洋酒の匂いが漂い、蓄音機からはアンニュイなドイツ女の愛の唄が流れる…

目が慣れてくると、薄暗い店内のそこかしこに男達が淫靡に囁きあい、身体をぴったりと寄せ合い踊る退廃的な光景が見られた。
月城は熱い男達の視線を感じながら、前に進む。

…と、フロアの一番奥、一段高いところに黒い革張りのソファがあり、数人の男達に傅かれるように座っている若く恐ろしく美しい青年の姿があった。
…暁様だ…。

暁は白い肌の胸元を露わにした黒いサテンの生地のシャツに黒い細身のスラックスという色街の男のような婀娜めいた姿をしていた。
艶やかな黒髪はやや乱れ、額に物憂げにかかっている。
優美な眉、黒目勝ちな切れ長の瞳、繊細な彫刻のような鼻筋、形の良い唇は変わらずだが、そこに漂う雰囲気は明らかに匂い立つような性的なものだった。
暁はその蠱惑的な唇の端に細い外国煙草を咥え、傍らの男に火を点けて貰っていた。

男は強引に暁の肩を抱き寄せ、耳元に何かを囁いた。
暁はそれを聴くと淫蕩な眼差しで笑った。

…ふと、暁は強い視線を感じたのか、目の前に佇む月城を見上げた。
二人の視線が絡み合う。
暁は驚きもせずに、暫くして物憂げに視線を外す。
…まるで月城など見えていないかのような振る舞いだった。
月城は暁の前まで進み出る。
「…暁様、お迎えにまいりました。帰りましょう」
暁はゆっくりと月城を見上げ、冷たく笑った。
「…お前など知らない…。あっちへ行ってくれ」
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