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暁の星と月
第12章 堕天使の涙
しんと静まり返った待合室のソファに、大紋は月城に掛けるようにと丁重に示した。
一礼して、腰掛ける。
大紋もゆっくりと腰を下ろす。
花束は、隣の座席に無造作に置かれた。
…誰への花束かは一目瞭然だ。

大紋春馬は月城が知る限り、縣礼也に勝るとも劣らない非の打ち所がない完璧な紳士だ。
月城は上流階級の青年や紳士達をこの20年近く数限りなく見てきた。
その中でも縣礼也と大紋春馬は群を抜いて優れた一流の紳士だった。
その家柄、財産、容姿、頭脳、職業、教養と凡そ世の男性が渇望するもの全てを持ち合わせた人物である。
大紋は貴族の爵位はないが、江戸時代から将軍家の御典医の家柄であり、裕福な資産家であるし、親子三代に亘り弁護士と知的階級の出身だ。
彼においては爵位がないことなど、何の欠点でもなかった。
やや神経質な色を帯びてはいるが、眼を見張るような美男子で、西洋人のようなスタイルを黒の燕尾服に身を包んだ大紋と、美しい玻璃のような美貌の暁が親密そうに夜会を訪れていた風景を、月城はふいに思い出した。
ずきりと胸が痛んだのは、嫉妬だろう。
…暁が愛し、その身体を捧げた初めての男…
それが大紋春馬なのだから…。

大紋は月城の思惑を知ってか知らずか、静かに語り始めた。
「…仕事の用事で礼也に電話をしたら、暁が階段から落ちて病院に運ばれたと執事に聞いてね…。
気がついたらここに駆けつけていた…。
…もう恋人でもなんでもないのにね…。…滑稽な話だろう?」
自嘲じみた笑みを漏らす。
大紋は月城がかつての暁と大紋の関係を知っていることを前提にさらりと語った。
「…いいえ、大紋様」

恋人でなくても、恐らく大紋はまだ暁を愛しているのだろう…。
暁から大紋の話は聞いている月城は、容易に理解できる。
…暁様を忘れることは難しいだろう…。
月夜に咲くしっとりとした蓮の花のような美しさと色香と…そしてどこか魔を秘めた魅力を持ったお方だ…。

「…君が暁とそういう仲だとはね…。…いや、盗み聞きするつもりはなかったんだが…つい、耳に入ってしまった」

深夜の病棟は静寂に満ちている。
恐らくは、月城と暁の熱いくちづけの気配までも伝わったに違いない。
月城は控えめに、しかし確固たる口調で答えた。
「はい。私は暁様を愛しております」
ずっと大人の冷静な態度を取っていた大紋の眼差しが一瞬で鋭い光を帯びた。



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