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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行
春の闇が泣いていた。透徹な黒に浮かんだ故郷の花の匂いを連れて、貝寄風が景趣の局所を愛撫する。
「寒いか。今にあたためてやるぞ」
無言の格式を主張し合う住宅地の覗ける窓ガラスに染みる余寒が、片岡香凜(かたおかかりん)を強張らせていた。
数十分前まで背広を羽織っていた図体は、攻撃的な熱を伴う。良人の巨大なししむらが、実際に香凜の体温を上回るかはさておき、片岡誠二(かたおかせいじ)の風格は、女の五感にそれだけの威圧感を押しつけた。
夜なんて、滅びろ。夜なんて。
夜半の色を睨みつけて、香凜は誠二の求愛行動を受け入れる。
誠二と初めて交わしたキスは、初々しい緊張が香凜を鈍らせていた。二度目、三度目は、夜景や夕餉が香凜の機嫌をとって、さしあたりヒロインにでもなりきらせていた。チャペルの祭壇では、参列者らに持ち上げられた幸福感が、香凜を酩酊させていた。
同じリングを薬指同士に嵌めて二ヶ月。
ぶるんとした弾力が香凜の唇を愛で出すや、身の毛だけがよだつ。
ちゅ……ちゅ、ちゅ…………
誠二の指が、香凜の袖に皺を刻んだ。起毛の寝間着を滑る重みは、無遠慮に袖口に至って、香凜の左手を捕まえる。あらゆる角度から長ったらしく続くキスは、香凜を無言で繋ぎとめて、更なる段階へ導きたがる。
たぷん…………
「はんっ」
誠二の右手が、にわかに香凜の乳房に伸びた。
「あっ……ん、むむ……んんぅ……はぁっ、……」
下着は夜間、外している。布にこすれる乳房から、電流にも似た生理的現象が、香凜の総身に波紋を広げる。
「んんんっ」
みだりがましい呻吟が、香凜の鼻を跳ね抜けた。
唇は機能をなくしていた。誠二のあどけなかったはずのキスが、香凜に侵入していたからだ。