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愛してるから罪と呼ばない
第1章 逃避行
「顔色が悪いわ、香凜さん」
「そうですか」
「悩みごと?私には話してね、秘密はしない関係なんだから」
主人のいない昼間の邸宅。儚い薄紅の風が吹き込むリビングで、同じくらい掴みどころのないキスが、香凜の耳朶をくすぐる。
このひとときこそ幸福だ。
こうも満たされた事実は陽光にひけらかせないのに、おどろおどろしい表層だけが、香凜の本意とは別次元で祝福を受けている。
「美衣子さんは、何故、私を抱いて下さるんですか?」
美衣子の指が、手持ち無沙汰に香凜を味わっていた。スマートフォンをスタンドに置いて、とりわけ健康的なリリカの動画を観賞しながら、お茶を飲む。とりとめない時間の中で、美衣子が香凜に触れていない時はなかった。
「好きだから」
「…………」
「香凜さんが好きだから、こうしていたいの」
「有り難うございます」
「香凜さんの考えている好きとは、おそらく違うわ」
「…………」
香凜の腹には、あの白濁が一日も途絶えることなく蠢いている。
誠二の匂いの染みた肉体。誠二のキスを覚えた唇。誠二の一部を飲んだ腹。今に誠二の遺伝子と、香凜のそれが、結合する。
「私は、どうしたいのかしらね」
美衣子の顔は、いつか彼女が嫁いだ所以を話した時のように揺らいでいた。
「可愛い息子の子供が早く見たいのに、見たらどうにかなってしまいそうな気がするの。香凜さんは、せいくんが好き?」
「…………」
美衣子さんが、好きです。だから貴女との間に秘密はあります。
「好きです」
香凜は模範の義娘を気取ってみせた。誠二は美衣子の愛息子、まるきり愛していないなどとは言えない。