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サイレントエモーショナルサマー
第15章 glicine
「旅行、行きます?間に合うかな?ちょっと高ければいけるか」
「ちょ、え、旅行?」
「行きましょうよ。俺、今年からちゃんとボーナス貰えますし」
「そういうのはさ、もっと然るべき時に使った方が、」
「好きな人との旅行は十分然るべき時ですよ」

藤くんの目はすっかり覚めてしまったらしい。ご機嫌になった彼は鼻歌交じりに尚もうなじにキスを落としていく。辞めてと言ったのに。興奮して明日の朝寝坊することになったらどうするつもりだ。

― 好きな人、か

自分が自信を持って言うことの出来ない言葉を、藤くんは当たり前のように口にする。今まではそんな言葉気味が悪くて仕方がなかったというのに、藤くんに言われるとなんだかほっと胸が落ち着く。

「嫌なら、無理強いしませんから。志保さんが俺と一緒に行ってもいいって思ってくれるなら行きましょう」

藤くんの足の上で後ろから抱き締められながら、泣き出しそうになった。あなたがセフレがいいって言ったんでしょ、とか、どうしてあなたと夏休み合わせなきゃいけないんですか、とかそんなようなことを言われたらどうしようと一瞬でも考えた自分が酷く醜く感じた。

そうだ、藤くんはいつだって、私の些細な言葉に喜んでくれるじゃないか。そこには私がどこかで失くしてしまった愛情というやつが大きく作用しているのだろう。

逃げないで、進んでごらん。チカの声が耳の奥でこだまする。藤くんには話してみてもいいのかもしれない。もう少し、心を委ねてもいいのかもしれない。そうしたら、もっと、

「……ふ、藤くんとなら行ってもいい、かも」

もっと、なんだ。自分でもよく分からないまま呟く。今までセックスをするだけの関係の人とは遊びに行くことは愚か外食すらもしたくなかった。それなのにいきなり旅行なんてして大丈夫か、自分。

旅行くらい行っちゃえよ、と囁くミニチュアサイズの自分と、
そんなの行ったら面白くない女だって幻滅されるぞ!と釘を刺してくる自分がいる。

「ちょっと、俺のこと抓ってくれません?」

言われて腰に回っていた腕をぎゅうっと抓ると、痛い、と笑った。
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