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サイレントエモーショナルサマー
第17章 ricordo
「中原さんとデートだからそんなに可愛い恰好してるんですか?」
「ええ…映画観てランチしただけだって。デートじゃないよ」

藤くんは暑いだろうに駅で私を待っていてくれた。私が改札を出るなり歩み寄ってくると私の大きい鞄をさりげなく持ってくれる。

「いいですか、志保さん。世間ではそれをデートと言うんです」
「浩志は友達だよ。ま、一応会社の先輩でもあるけど」
「だから友達だって思ってるのは志保さんだけなんですよ。中原さんはデートだと思ってますって。ああ、もう、中原さんの前でその腕さらけ出してたんですか?触られてないですか?」
「浩志はそういうことしません」

むっと見上げた顔はヒールの高いサンダルを履いている所為かいつもより近くに見える。あ、まずい。そう思った時にはいつも遅い訳で、にこりと笑った藤くんの唇がすっと掠めていく。

「志保さん、手、繋ぎたいです」
「…いいよ」
「まじですか。俺、暑いから嫌だって言われる覚悟で言ったんですけど」
「じゃあ、暑いから嫌」
「前言撤回不可です」

私の鞄を持っていない方の手が、さっと私の手を取った。指先を絡めあって、繋いだ手を微かに振る。

「ほんと、小さな手ですね。子供みたい」
「藤くんの手は大きい上に、なんか指長いよね。総務の女の子が藤くんの指エロいって言ってたよ」
「俺はなんて答えたらいいんですかね、それ」
「さあ?」

かつん、かつん、とヒールの足音。繋いだ手を振りながらの藤くんの鼻歌。ちょっと音程がずれているように聞こえなくもない。途中でスーパーに寄るのはもう恒例だ。適当な惣菜をふたりで選んで藤くんのアパートへ向かった。

「あ、藤くん、お土産にケーキ買って来たの。冷蔵庫に入れていい?」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「ごはん食べたら、デザートにね」
「俺はごはんの前に志保さんが欲しいです」
「そういうこと言うタイプだったっけ?」
「俺、昨日お預け喰らってるんですよ。その上今日は志保さんと中原さんデートだし」
「だから、デートじゃ、」

冷蔵庫にケーキの箱を押し込んで戸を閉じると後ろから抱き締められた。今日は惣菜に手をつけるのが遅くなるかもしれない。
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