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サイレントエモーショナルサマー
第21章 futuro
藤くんはもう帰ってきているだろうか。彼の自宅最寄り駅で電車を降り、改札を出てから連絡を入れようとスマホを取り出すと目の前で人が立ち止まった。

「おかえりなさい」

その声で顔を上げるとにこりと笑った藤くんが居る。ざわざわと騒がしかったものがゆっくりと凪いでいく。ああ、藤くんだ。どうしようもなく触れたくなって人目など気にせず抱き着く。

「どうしたんですか」
「凄く藤くんの顔見たいなって思って帰ってきたらなんか藤くんが居たから」
「随分嬉しいこと言ってくれるじゃないですか。飲み過ぎてないですか」
「白だから平気。藤くんは?飲んでた?」
「用事終わった後、恭平と飯食ってきましたよ。志保さんに触りたいって思いながら改札でたら志保さんが居たんで今、かなりテンションが上がってます」

全然そんな風には見えない。私の身体を引き離し手を繋いで、帰りましょ、と微笑む顔にはなんだか余裕があるように見える。

繋いだ手の熱を感じながら明確なものが欲しいと思った。こう、感じたらそれは恋愛感情なのだと誰かに線を引いて欲しかった。そうじゃないと私はきっといつまでもそれがどういうものなのか理解できないだろう。

― めんどくさいな、自分

いつまで拗らせてんだよ、と突っ込みたい。粉々に砕け散った恋愛回路は最早、再生不可能だ。であれば新しいものを作っていけばいい。失敗したって、不格好だっていい。私の失敗を嘆いて落胆の溜息を吐く人はもう居ない。

「藤くん、ごめんね」
「なんですか、急に」
「もうちょっと時間かかりそう」
「その言葉だけで俺は充分幸せですよ」
「…?どうして?」
「現状をどうにかしようって思ってるからこそ、時間がかかりそうって思った訳じゃないですか。俺は志保さんが進もうとしてることが嬉しいです」
「藤くんって凄いなぁ」
「いつまでも待ちますよ。おじいちゃんおばあちゃんになるまででも、いつまでも」
「うん、流石にそこまではかからないと思う。多分ね」

照れくさくなって繋いだ手を離し、ちょっとだけ駆け足でアパートの外階段を上った。鞄からキーケースを出しながらそっと笑う藤くんを見て、きっと藤くんはダンディなお爺さんになるのだろうなと思った。私はどんな風に年を取るのだろう。皺くちゃのお婆ちゃんになった時、藤くんは隣にいるのだろうか。ああ、こんな風に未来のことを考えたのは生まれて初めてだ。
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