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サイレントエモーショナルサマー
第21章 futuro
心、か。そうか、だから理解できないのか。感情を事細かに説明することは思いの外難しい。特に女性と言う生き物は時に感情でものを言う。それ故に私は同世代の女性との会話は理解できず、窮屈だと感じることが多かった。

「シャッター開いてみて藤くんに幻滅されたりしないかな」
「それは開いてみないと分かんないでしょ。ね、ていうか、その考え方自分でも珍しいって思わない?」
「ん?どういうこと?」
「志保って人から自分がどう思われてるかってあんまり気にしなくなったじゃない。それなのに藤くんに幻滅されないかなって気にしてるの凄い珍しい」
「ん、まあ基本的にどうでもいいっちゃいいけど…でも、藤くんが人前でキスするのとかはちょっと恥ずかしいって思うよ」

ああ、それから、と土曜のカジュアルダイニングでの出来事を話すとチカはにんまりと笑った。赤ワインに切り替えた所為なのか幾らか幼く見えるその笑顔の頬が赤くなっている。

「いいね、志保。ちょっと方向性ずれてるけどちゃんと人間に戻ってる」
「いや、私はずっと人間だけど」
「昔の志保はもうちょっと人の目とか評価を気にする普通の子だったよ」

チカの言葉で、鍵をかけて頭の奥底に押し込んでいた頃の記憶ががたがたと暴れ出すのを感じた。頑張らなくてはいけない、評価されてしかるべきだと思っていた頃の私はあの日、灰になったのに。

「…もう、認めて欲しいと思ってた人たちも居ないし」

煙草が吸いたい。急速に居心地が悪くなってつい人差し指を噛んだ。それを制するようにチカの手が私の手に触れる。酔った顔が悲しそうに歪んでいた。

「ごめん、余計なこと言った」
「ううん、平気。不思議だよね。どっちかって言うと愛されてた記憶より不安だった記憶の方が多いのにいざ居なくなってみると悲しいし、あの頃のことまだ上手く思い出せない」
「ごめん、本当にごめん。水差した。いいよ、思い出さなくて」

深く息を吸い込んでみても気持ちが落ち着かない。無性に藤くんの顔が見たくなった。どうしたんですか、と問う声の優しさを思い出す。

「…ごめん、帰ってもいいかな。なんか藤くんの顔が見たい」
「うん。私こそごめんね。また飲もう。連絡するし、もし藤くんのとこ出るってなったらうちにおいで」

残っていた料理と酒を片付けて店を出た頃には22時を過ぎていた。チカとは駅で別れ、焦燥を胸に電車に飛び乗る。
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