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サイレントエモーショナルサマー
第27章 dipendere
掃除を終え、花を供えて線香に火を点けた。この匂いは酷く気分を重たくする。こうして墓の前に居たってろくな会話をして来なかった私たちが時間を取り戻せるはずがない。私は生きていて、彼らはこの世を去っている。
それでも、私は毎年この場所から動けなくなる。語りかけてはくれないものかと縋っている。生きていていいんだよ、と声が聞こえないものかと願っている。
生まれてこなければよかったと思ったことはなかった、と言えば嘘になる。何度か、私など生きていたって意味がないと嘆いた。だが、今はそうは思わない。不格好なりに私がもがいて、生きて、そうしたことで藤くんを救うことが出来た。
「いつか、いつかきっと親の気持ちが分かる日が来るって思ってたけど何年経っても分からないね」
訥々と語る私の声を藤くんはじっと押し黙って聞いてくれている。綺麗になった墓石の前、漂う線香の香り。今年も声など聞こえてはこない。
「……ひとつだけ、いいですか」
「……うん」
ゆっくりと私の隣にしゃがみ込んで、藤くんは手を合わせた。そっと窺った横顔。優しい、藤くんの顔。
「志保さんのお父さん、お母さん、ありがとうございます。あなた達のおかげで俺は志保さんに出会えて救われた。あなた達が彼女にしてこなかったことは俺が彼女にしていきます」
揺れる線香の煙の中、藤くんは墓石に向かって静かに言った。ありがとう、か。私は両親に対してそんな風に思ったことなどなかった。
瞬きをすると涙が溢れ出し、頬を伝った。初めての両親の死を悲しむ涙だ。過去、私は泣きながら彼らの死を責めたがそれは認めて貰えなかった悲しみや寂しさからだった。今はただ、もう彼らと言葉を交わせないことが悲しくて堪らない。
「……藤くん、ありがとう。もう、行こう」
来年もまた、私はこの場所へ訪れるだろう。その時はきっと、今よりもっと楽な気持ちでいられますように。願いを込めて涙を拭い、藤くんを促しながら立ち上がった。