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サイレントエモーショナルサマー
第28章 malinconia
「藤くん…電話鳴ってる、行かなきゃ」
「嫌です」
「また、明日会社で会えるよ。ね、藤くん」
しゅんと息をついて私から離れる。私が帰り支度を始めると彼も服を着て、私の大きなボストンバックを手に立ち上がる。
「駅まで、行きます」
「ありがと」
玄関で靴を履く前にもぎゅっと抱き締められる。部屋を出てからは左手に荷物を持って、右手は私と手を繋いで。きゅっと指を絡ませて駅までの道を惜しむように歩く。駅に着くとチカは券売機の辺りで私を待っていてくれた。ごめん、と声をかけて、藤くんに、また明日ね、と言おうとすれば彼はやっぱり私を抱き締める。
「…はいはい、おふたりさん。電車なくなるからその辺にしてくれる?」
「ごめん。じゃあね、藤くん。ありがとね」
「おやすみなさい。夜道、気を付けて」
「うん、藤くんも。おやすみ」
手を振って別れる。改札を通ってから振り返ると彼はまだ私たちのことを見送っていた。もう一度手を振って背を向ける。ホームへ続くエスカレーターに乗るとチカがくすりと笑う。
「あれは、凄いね。あの溺愛っぷりで鈍いこと言ってられたあんたって相当だわ」
「…いや、ほんと申し訳ないよね」
「ま、色々話は明日以降聞くから今日は帰ったらすぐ寝よう。お疲れでしょ」
「……ははは。お気遣い感謝します」
「浩志には黙っておきなさいよ。無理やり引きはがすみたいで可愛そうだから目瞑っただけだからね」
「分かってる。大丈夫」
20分ほど電車に揺られ、降りてからは15分くらい歩いた。久しぶりのチカの家は甘いお香の残り香が漂っている。キッチンはいつでも綺麗なのに居室は結構散らかっているのがチカらしい。さっとソファーベッドを倒して布団を出してくれる。交代でシャワーを浴びて、明日の朝ご飯はなににしようかなんて話しながら私たちはいつの間にか眠りについた。