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サイレントエモーショナルサマー
第29章 accelerazione

◇◆

「おかえり。なに、その疲れた顔」
「……お邪魔します」
「いや、もう、ただいまでいいよ」
「……ただいま」
「はい、おかえり」

真っ直ぐ帰ってこいと言われていたが、寄り道をして白ワインとチーズを購入しチカの家に戻った。残業もしたので私の方が帰宅が遅かった。

藤くんはいつも遅くても1時間程度しか残業したがらないので私より先に自宅に戻る。私が帰れば、おかえりなさい、と出迎えてくれるのだが、それがないのは思いの外寂しい。

「ワインとチーズ買って来た」
「ありがと。じゃ、もうそれ飲んじゃおう」
「白はちょっと冷やしたい」
「氷入れよう」
「ワインへの冒涜だ」
「味なんか分かんないくせに」
「確かに」

ワインクーラーという選択肢はないらしい。21時が迫っていたので先にシャワーを浴びていつでも寝れる準備をして飲み始めようと言うことになった。これはチカが満足するまで諸々語らないと寝かせてくれないパターンである。

「昨日電話でざっくり聞いたけどさ、『病気』の方はどうなのよ」

支度を終えてすっぴん寝間着、頭は前髪ちょんまげの状態で適当なグラスに並々白ワインを注ぎながらチカが口を開く。私はローテーブルの前で体育座りになってクラッカーに手を伸ばしながら、うーん、と唸りをあげた。

「うーん、ってあんた」
「『病気』の方はともかく、私、藤くんのこと好きなんだなって思った」
「…そりゃあんだけ溺愛されててならない方がおかしいよ。あ、帰る?藤くんのとこ帰ってもいいよ」
「いや…でも、浩志のことも好きなんだよ。友情とかって言ってたけど、そんな枠じゃ納まりきらないなって思ったの。藤くんに対しても、好きだけじゃ足りない」
「私としては志保が男性を好きになったってだけで奇跡だけど、現状はあんたにはちょっと難易度高すぎるね」
「……そうなんだよね」

ずい、とグラスがテーブルを滑ってくる。氷がぷかぷか浮かぶ白ワインにそっと口をつけて買って来たチーズをクラッカーに乗せていく。お、いつのまにかドライフルーツも用意されている。
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