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サイレントエモーショナルサマー
第29章 accelerazione
コンビニで買ったばかりのお菓子の包みを片手に藤くんの傍へ行くと彼は私の接近に気付いて表情を明るくする。
「ちゃんと仕事しなさい。暗い顔しないの。ね、これあげるから」
「……俺にはお菓子より欲しいものがあります」
「ご褒美は土曜に用意しておきます」
全くもってなにも考えてないが、とりあえずそう言った。いっそ猫のコスプレでもなんでもやってやろう。ね、ともう一度諭すと藤くんは無理やり微笑んだ。浩志よりも藤くんの方が重症だ。いいこ、と頭を撫でてやるとなんとか元気が出たらしい。
部長がこちらを見ている気配がする。彼が案じているのは賭けの行く末だろう。部長の方を振り向いてにこりとすれば彼は慌てた様子で視線を逸らした。
デスクに戻って暫く作業をして昼休憩の時間に差し掛かるとフライングをかました藤くんがこちらへやってくる。だが、彼は私と浩志が鞄を持って社外に出る用意をしていることに気付いたのか複雑な表情を浮かべて立ち止まった。
「…俺はいつになったら社外人員になれますか」
「早くてもあと2年だな」
藤くんに向け、すぱっと言うと、浩志は視線だけで私に行くぞと促す。藤くんはランチタイムは逃したくない様子で悔しそうな顔をしながらも後をついてきて、浩志が乱暴に『閉』ボタンを押したエレベーターにもなんとか乗り込んだ。
「浩志、今のは危ないよ」
「指が滑った」
「……そういう誤魔化し方志保さんと似てますね。まじで腹立ちます」
「お前やっぱ子供だな」
「……子供じゃありません。立派に成人してますから」
「都筑もお前のこと幼いって言ってたぞ」
「えっ…それはちょっと語弊が…」
ふくれっ面の藤くんの視線が私へ向く。それだよ、そういう顔はちょっと幼く見えて可愛いって話だよ。エレベーターが1階に到着し、はいはい、行きますよ、と藤くんの背を押して促す。蕎麦屋で簡単に昼食を取って、会社に戻りたがらない藤くんを宥めるのには難儀した。