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サイレントエモーショナルサマー
第29章 accelerazione
フロアに戻ってみると浩志が眉間に皺を寄せてPCに向き合っている。あれは交通費の精算をやっている顔だな。古い経理ソフトが導入されているので入力が結構面倒なのだ。
デスクにつきながらそっと浩志の前の画面を見てみると入力用の画面が表示されている。
「……無駄にこっち見んな」
「はいはい、すみません」
「社外の精算コード903だから。お前も溜め込む前にやっとけ」
「ありがと。入力したら今日は早めに切り上げて帰ろうかな」
「寄り道すんなよ」
「しないよ。子供じゃないんだから」
むっとして言い返す。浩志は、わりー、とこれっぽっちも悪いと思っていない様子で言ってPCに目を向けたまま私の頭をわしゃわしゃと撫でた。なんか、久しぶりだ。とくん、と胸が熱くなる。昨日から調子がおかしい。
「……あいつ、なんかニヤニヤしてんだけど」
胸元の違和感に眉を顰めていると浩志が藤くんの方を見ながら面白くなさそうに言った。やべ、捕獲されたことがバレたか。冷や汗を感じつつ藤くんの方を見るとフロアの奥に掲示された部員たちの月間予定表を見てニヤニヤしている。あれは絶対なにか企んでいる。
「あいつまじで仕事しろっつーんだよ。公私混同しすぎだろ」
「……なんというか自分が元凶なだけにコメントしづらいな」
「お前が甘やかすからだぞ。ケツでも蹴り飛ばしてやれ」
「藤くんがMに目覚めちゃったら嫌だ」
そう言って浩志に視線を戻すと彼の顔は表現しがたい程に歪んでいた。ごめん、と短く言って顔を逸らす。
浩志はどんなセックスをするのだろう。浩志とのキスはどんな感じだろう。
急速に湧き上がってきた思考をかぶりを振って追い出す。なに考えてんだ。今まで、浩志のキスや触れ方を考えたことはあっても彼とのセックスなんて想像したくなかったのに。ダメだ、やっぱりまだ私は『病気』だ。