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サイレントエモーショナルサマー
第2章 6月某日金曜日
彼の言葉にイエスと答えるまでを語るには、日中へと話を戻すことになる。
◇◆
恋愛が酷く億劫であること、仕事が長続きしないこと、それともうひとつ。その3点を除けば私と言う人間はごくごく普通の女だった。
大学を卒業後、就職した会社は1年で辞めた。その後2回の転職を経て、現在の小さな会社になんとか落ち着いた。奇跡的に今の所一番長く勤めている。
ありふれた日常を過ごしながら2日前に28歳の誕生日を迎えたばかりだ。
同世代の女子たちは次々と結婚していき、子供を産んでいたりする中、私は自分の世話をするだけで精一杯だった。
「今日、飯でも行くか」
かけられた声に顔を上げると隣のデスクの先輩社員、中原浩志がこちらをじっと見下ろしている。外に出ていたのか両手にテイクアウトのコーヒーのカップを持っている。
「ご馳走してくれるの?」
歳は私のひとつ上で、中途採用の私よりも社歴が長く立派な先輩ではあるが、お互い名前に『志』の字が入っていると言うしょうもない偶然をきっかけに何故だか親しくなり、気付けば随分と砕けた口をきく間柄になっていた。
「お前、一昨日誕生日だったろ。たまには奢ってやるよ」
「とかいって中原さんいつもご馳走してくれるじゃない」
「……お前に中原さんって言われるのやっぱ気持ちわりーな」
苦々しげに言って片方のカップを私の方へ突き出す。それを受け取って、ありがとう、と小さく言えば、寿司以外な、と返ってくる。席につきPCのロックを解除する横顔を見やりながら受け取ったばかりのカップに口をつける。
「…俺と言う男がいるのに勤務中にデートの約束なんて志保さんってイケナイ女ですね」
「あのね…別に、私は君と付き合ってないし、今のはデートの約束なんてもんじゃないでしょ」
会議資料を抱えて現れたのは今年で入社2年目になった藤知晴だ。そこらのアイドル顔負けのルックスに加え、高身長、細身。それから明るく素直な性格も作用して女性社員たちの憧れの的となっているが、彼はなにを血迷ったのか私に好意を抱いているらしく、暇さえあれば好きです、付き合ってください、結婚しましょう、の嵐である。