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サイレントエモーショナルサマー
第8章 燃ゆる
パンケーキ店やポップコーン店やらに列を成す女の子心理は分からない。空梅雨真っ只中のよく晴れた土曜の午後はぐんぐんと気温が上がり、立っているだけでも汗がしたたり落ちそうだと言うのにそれに耐えてまで食べたいものなのだろうか。
路地裏のひっそりとした場所にある古びた喫茶店の店内は閑散としており、おんぼろの空調機は鈍い音を立てて機能していなさそうだが実に涼しい。
温くなったコーヒーを啜りながら煙草を吸って浩志から借りた本を読む。ちょっとこの人格好いいなと思い始めた巡査部長が作中で亡くなった衝撃のページに差し掛かった頃、向かいに人が座る気配がする。顔を上げればチカが顔の前で手を立てて形ばかりの詫びを見せている。
「ごめん、遅くなった。キリいいとこまで読んでていいよ」
「ううん、いま佐原巡査部長が死んじゃってしんどいから今日はここで辞めとく」
「またミステリー?恋愛小説とか読んだ方がいいんじゃないの?」
「読んでもわくわくしないんだよね。ぞわぞわして先に興味が持てない」
閉じた文庫本を鞄に仕舞いこんで灰皿で燻っていた煙草の火を消した。運ばれてきたアイスティーを飲み始めたチカの髪が短くなっていることに気付き目を瞠る。
「髪、切ったんだ。似合ってるよ」
「あ、うん。特に理由はないんだけどね。彼もこっちの方が可愛いって言ってくれた」
「そうなんだ。って、え?彼?どちらの彼?まさかあの男?」
「あんたの脳裏によぎった男じゃないから安心して」
彼、とその一言で私の脳裏をさっとよぎっていったのはチカを傷つけた10も年上の男の顔だった。どうやらその男ではないらしいのでほっと胸を撫で下ろす。
「あれ、ほら、婚活パーティーの」
「ああ。ちょっといいなって思ってたけど結果もやもやしてた人?」
「そうそう。あの後何度か食事に行って、結婚を前提に付き合うことになった」
「良かったね、おめでとう。いい人?大丈夫?」
「いい人だよ。今度はきっと大丈夫。そんなに身構えないでゆっくりお互いを知っていこうって話になったし」
ゆっくりと言う割に結構急展開な気がしなくもない。出会ってからまだ2週間とかそこらだろうに。まぁ出会ったその日に素性も知らぬ男とセックスをしてしまう私に言えることはなにもない。