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第38章 桜
昼四ツ(午前十時)。

妓楼の遊女たちがようよう起き出し、吉原の朝が始まる。

遊女たちは明け方に客を送り出した後、短い睡眠を取り、起きたら昼見世の始まる九ツ(正午)までに朝餉と風呂、髪結いと仕掛けを施さねばならない。
その為、朝は何かと忙しなく、人が行き交うことになる。

朝餉の煮浸しを口に放り込み、続けて白飯を食う。
遣いにやった禿が卵を持って帰ってきた。

「…姉さん…ごめんなんし…卵…ひとつ落として割っちまいんした…」

しょんぼりと頭を垂れて謝る禿は四つの卵を差し出す。
預けた金なら五個は買えた筈だ。
桜はひとつ息を吐き、卵を受け取った。

「しょうがないね…次は気をつけな。」

卵を受け取り、三個を己が手元に残すと、ひとつ禿にくれてやる。
怒られると思っていた禿は、手に乗った卵に目を瞬かせた。

「遣いの駄賃だ。わっちぁ三ツもありゃ充分だからね。そそうしなきゃ、お前の駄賃が二ツあったってことだよ。」

ニヤリと笑う桜に、禿は泣きそうな顔で頭を振り下げ、礼を言った。

「一ツ教えてやるよ。そういう時ゃ荷売りの兄哥さんにおまけしてもらうもんだ。ま、それにゃオンナの愛嬌ってヤツが要るけどね。ココで生きてく上は、なくちゃならないもんだ。しっかと覚えなよ。」

受け取った卵を厨で湯がき、ぺりぺりと皮を剥く。
つるんとした白身をひと口齧ると、中からほくっとした黄身が覗く。

「…美味し…」

もぐもぐと茹で卵を食べながら、ふと昔のことを思い出した…
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