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第38章 桜
それは、言うなれば命のやり取り。

市九郎は雷に打たれたように顔を振り上げ、桜を呆然と見る。しっかとその目を見据えた桜に、苦しげに目を伏せ、市九郎は何も言わず、そのまま部屋を出て行った。

終わった…

市九郎の性分からすれば、きっと、相手を放っておくことなどしない。だからもう、おそらく此処には来ない…

この吉原の外で、相手の女と幸せに暮らすのだろう。




桜の予感通り、それから市九郎の登楼はなかった。

ただ、ひとりの客に袖にされただけ…

そんなことは、今までも何度もあったし、珍しいことでもない。

それでも。桜にとって、市九郎は忘れえぬ男だった…

思い出すと、いつも涙が溢れる。
それでも、辛いだけのものではない。
だから、時折茹で卵や握り飯を食べたくなる。

支度をし、昼見世が始まる前の短い時間に、今日も桜はお稲荷様に願掛けに行く。

愛しいあのお方が、何処かで幸せに暮らしていますように。
そして、次の世こそ、あんなお方と、結ばれますように…






ー了ー









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