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キスをして
第10章 珍事と感傷
通勤ラッシュが終わるのを待って電車に乗り込む。ラッシュではないにしろ座る席は空いていなくて扉のすぐ横の手すりに凭れた。

「あの~」

高校生だろうか若そうなカップルが話しかけてくる。
仕事のスイッチが切れた今知りもしない人と話す気力が湧かない。

「大丈夫ですか?席座ってください」

「…気にしないでください」

「でも…」

「僕ら次で降りるんでどうぞ」

あまりしつこく断るのは気が引けて素直に席に座った。
私そんなに疲れて見えるのかな。久し振りの徹夜だったしなぁ仕方ないか。

目的の駅に降りて自宅までをゆっくりと歩いて帰る。早く寝たい。何も考えられないくらい眠い。
仕事のなけなしの緊張感がなくなればもう駄目だった。

ロータリーまで来ると時計店の前に看板が出ている。

「ちゃんと働いてるじゃん」

でも流石にこの状態で会う気にはなれない。アパートの階段脇のポストを確認して重い足取りで階段をゆっくりと上がる。

「ちょっと大丈夫!?」

この疲れてるときに何なのよ。
声の主の方を見ると切れかけていた意識が少し戻る。

「そこで待ってて!」

ああ。ややこしくなるからやめてと言いたいのに声が出ない。
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