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キスをして
第10章 珍事と感傷
作業場に踏み込んだはいいが誠司の様子が明らかにおかしい。こんな事は初めてでどう声を掛ければいいのか分からない。
誠司も私の方を見ずに時計をただ見つめている。

沈黙を破ったのは誠司だった。

「はぁ‥コーヒーでも淹れるよ」

僅かな明かりを背にしてお湯を沸かし始めた。

「聞きたいことあるんだよね」

自分から言ってくるなんて遠回しに詮索はしない方が良いんだろう。

「黒沢さんに言ってた私に言えなかった事って何?」

「それに関しては仕事の話だよ。言う前にバレていたけどね」

「‥その時計は?前に聞いたときも誠司そんな顔だった」

聞けば答えてくれる筈。言いたくなければ彼は誤魔化すだろうと素直に疑問をぶつける。

「そうだね。誰かに話せば少しは余裕が生まれるかも知れないね‥愉快な話ではないんだ」

「聞かせて」

聞いたところで私にはどうにも出来ないかも知れない。
それでも普段にこやかに笑っている誠司が自分の話をしないのもお祖父さんから貰ったと言った時計をどうしてそんなに悲しそうに‥寂しそうに見るのか私は知りたかった。
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