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キスをして
第10章 珍事と感傷
祖父は肺炎だった。老衰していく祖母をひとりで面倒を見ていたらしい。施設に預ける話も出たが祖父は祖母の好きだった家で生活させたかったのだ。

「おじいちゃん誠司来たよ」

病院の2人部屋に1人で横たわっていた。マスクで繋がれた祖父は昔の面影がなかった。俺を見て嬉しそうに顔を歪ませる祖父に掛ける言葉が見つからず手を握ることしか出来なかった。

「…誠‥司」

微かに祖父の声がした。

……………………

「分かった。でも自分で作ってよ俺も見たいな」

それが最後だった。
まだ生きていてくれると思っていた。いや思っていたかった。
葬式に参列したのは祖父と病床で会った一年後。

多くの人が葬儀に参列した。祖父の顧客や海外からも多くの人が集まった。

祖母は葬儀には来れなかった。施設に入れようと父はしたらしいが姉が面倒を見るからと姉の家に引っ越した。結局祖母は大好きなあの家で最期を迎えることは叶わなかった。

空き家になった家に祖父の約束を守るために向かった。
一年も誰も住んでいないせいで朽ち始めていた。

作業台の横に鼠色の箱が置いてある。
その箱と引き出しのファイルを持ってスイスに戻った。

自分の作業台に持ち込んで作業を始めた。正直卒業してからの経験の浅い俺にはまだ難しかった。
それでも大好きだった祖父の約束を守りたかったのだ。

早く完成させなくちゃいけない。時間が余りないことは分かっていた。
こんなに時計を作ることが辛いと思ったことはなかった。
焦りと自分の技量の未熟さに涙した。
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