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キスをして
第12章 律香と誠司
「でもっ」

「帰れ。これ上司からの命令だから」

「····はい」

納得はしていない表情が一瞬読み取れたが橘さんに逆らう気力は残っていないようだ。

「日下。オメガの事でミーティング」

状況からして日下さんにこの状態になった経緯を確認していることは予測がつくが俺から何かを言うべきではない。

律香の様子も気にはなったが取引先の電話にそれも叶わなくなった。


橘さんに帰れと言われてから20分程で予定時間よりも早く作業を終えた。
さっきから何度か着信がなっていたけど相手が誰なのか分かっているから出る気にもなれなかった。

自分の恋人の事を他人から聞いたら腹立たしいのか悲しくなるのかするのかと思っていたがどちらにも当てはまりそうにもなかった。
今折り返し電話をしても普通に話せるのではないかとすら思える。
それほどまでに私は納得をしてしまっていた。

『やっぱり』

三人の会話を聞いて最初に思ったのはその一言だけだった。
その一言で納得してしまった自分に戸惑った。
認めなかっただけで今までの誠司の行動や言葉に不安になって自分の中にあったしこりは全部コレだったんだと思った途端に全てが腑に落ちた。

電話をすべきかもしれないと思っているし話せそうな気もしているが何を話せば良いのか分からない。

電車を降りて帰路へ向かう。
騒がしい繁華街を抜けて住宅街を通って商店街のコンビニを過ぎる。
いつもの道をいつもの速度で歩く。
アパートの郵便受けを確認して階段を昇る。
部屋の鍵を開けて靴を脱ごうと壁に手を付けると玄関脇の鏡に映った自分が目に入った。

大丈夫だと納得していると自分で思いながらもそこに映る自分はそんな事微塵も感じさせない程酷い有り様だった。
大丈夫とただ言い聞かせていただけの自分に気付かせられる。
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