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キスをして
第12章 律香と誠司
お姉さんに嘘はないと分かってる。
でもきっと誠司には結婚して欲しいんじゃないかと思っている。
それなのに気にするなと言ってくれるのは私に気を使ってくれてるんじゃないかと考えてしまう。

「仕事好きなんだよね?」

「はい」

「悩んでるの?」

「·········」

「私は誠司に結婚して欲しくてここに来た訳じゃないの。私も昔似たような選択を迫られたから気になってね。」

「結婚を選んだんですか?」

「当時はね。でも今はもう一つしたかったことをしてる···でも二人は違うでしょ」

湯気が消えていくコーヒーがとても無機質な物に見える。

「向こうに行けば今とは比べ物にならない程仕事にのめり込むようになるわ。あの子もそれをきっと分かってる。相手の都合だけで結婚なんて言われても辛いだけよね」

ポケットに入ったスマホが鈍い音を立てて震えている。
何もかもが他人事のように感じてそれが一段と自分はとても冷めてしまった人間なんじゃないかと思えてならない。
お姉さんはきっと悩んだんだ。どうすべきか必死に考えて最善を探したんだ。
それなのに私は自分の事ばかりで考えることすらも放棄しようとして、考えなければ夢にでもなってくれるわけじゃないのに。

私を心配してくれるこの人を僻むなんて馬鹿げてる。
私を惨めにしようなんて思ってるわけないのにそんな風にしか感じられない程余裕のない自分が情けない。

「後悔しない選択をしてね」

お姉さんと別れた後もずっと頭に残って離れなかった。
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