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Quattro stagioni
第11章 スタンダールの幸福 Ⅵ
都筑さんと藤さんが仲睦まじく手を繋いで歩いている姿を見てしまってから、わたしは会社で中原さんの顔を見るだけで胸がぎゅっと締め付けられて泣いてしまいそうになった。それと同時に言葉少なくとも優しさの溢れ出す彼に想われている都筑さんが羨ましいとさえ思う。
胸が苦しくて食が進まないし、中原さんと目が合うと途端に落ち着かなくなる。有希に電話をしてそのことをぽつぽつと話すと、やっぱり恋してるじゃん、と彼女は笑った。
まだ、全然そんなんじゃない、と有希に言ったけれど、たぶん、あの時点でわたしは既に中原さんに惹かれていたのだろう。
どうにもこうにも気分が重たくなるわたしに反して、中原さんは憑き物が落ちたようなすっきりとした顔をするようになった。都筑さんとなにか話をしたのだろうかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。相変わらずふたりは仕事のこと以外では全く言葉を交わさない。
見ているのが辛かった。ふたりの間に漂う空気はやっぱりどこか物悲しい。
「美月ちゃん、どうしたの?」
溜息を吐いたすぐ後にかけられた声にはっと我に返る。ミヤコさんが不安げにわたしを見ていた。えっと、と言ったわたしの小さな声は更衣室に満ちる賑やかな海水浴客たちの声に掻き消された。
視察とは名ばかりの1泊2日の旅行。部長から話があった火曜日の時点ではわたしと清水くん、それから都筑さんと中原さんの4名の予定だった。正直、ミヤコさんが一緒に来てくれたことにちょっとほっとしていたりする。
「おもーい溜息、恋煩い?」
「えっ…」
「お、その顔もしかして当たった?誰々?会社の人?清水?」
不安げだった顔はにやにやに変わった。昨晩、せっかく海の近くのホテルなのだから水着を持ってくるようにと電話をくれたときのような楽しそうな声。たじろいで、視線を逃がした。あー、とか、なんとか言って逃げようとすると、先に行っててと更衣室に入る前に別れた都筑さんが近寄ってくるのが見える。