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Quattro stagioni
第12章 スタンダールの幸福 Ⅶ♡
「初めてじゃないだろ」
花火の時だって、昨晩だってこの小さな手を握った。
「昨日はともかく、ちゃんとしてからは初めてでしょ」
「……そうくるか」
ポケットから左手を出す。早く、と揺れる手のひら。うるせえよと笑いながらそっとその手を取った。ふと、確かに、と思う。なにものにも代えがたい幸福がここにあるような気がした。
「ね、ほら。わたし、いま、すっごく幸せです」
手を繋いだだけで、そんなにも幸福そうに笑ってくれるのか。ご機嫌に歩き出そうとする美月を制して、繋いだ手を引いた。不思議そうに振り返って、それでも目が合えばにこりと微笑む。
「浩志さん?」
「ちょっと黙ってろ」
右手を伸ばして後頭部を捉える。引き寄せて、じっと丸い瞳を見つめた。人目など気にならなかった。ただ、ただ、触れたいとそれしか頭の中にはなかったのだ。柔らかい唇にキスを落とした。顔を離すと美月は、ばか、と小さく言って繋いだ手にぎゅっと力を込める。
「ありがとう、美月」
「…?なんで、いま、ありがとうなんですか?」
「…気にすんな。行くぞ」
「えー!気になりますよ」
「いいから。ほら、歩けって」
眩い光が、幻影を消したのだ。美月に出会うことがなければ、俺はずっと偽りの友人関係に溺れたまま、この些細な幸福すらも知る機会をもたなかったことだろう。
愛してる、とそう言えるようになるまでもう少し時間がかかるかもしれないが、いま、俺に言える最大限の愛の言葉は、たった5文字のありがとうだった。
俺の道を明るく照らす、美しい月。いつか、愛していると伝えられる日を願いながら繋いだ手のひらの熱を噛み締める。
もぞもぞとこそばゆそうに動いたかと思うと、きゅっと指を絡ませてくる。俺を見上げるはにかんだ顔。指の1本1本の感触を確かめると、胸に満ちたあたたかな熱に気付く。ああ、そうだ、これが、俺の幸福だ。
Fin.