この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
Quattro stagioni
第12章 スタンダールの幸福 Ⅶ♡
身体中の血液がある一点に集まるような感覚。口づけた唇の柔らかさと、甘さ。暗い部屋の中にも、ふわりと甘ったるい匂いが漂っていた。
興奮は、していた。いや、寧ろ、それしかしていなかった。俺に縋りついてキスをねだる小さな身体は微かに震えていた。あの時、あいつが求めていたのは俺の言葉ではなく、行動だったのだろう。だから俺も覚悟を決めた。その、筈だった。
自分のふがいなさに苛立ってデスクを叩いてしまったことに気付いたのは右手に鈍い痛みが走り、衝撃音が響いたからだった。はっと我に返ると驚きに目を瞠った都筑が俺を見ている。
無駄に長い夏季休暇は実家で過ごした。1年ぶりに顔を合わせた地元の友人たちと飲み歩き、親戚の子供と遊んでやったりと代わり映えのない日々だった。ゆったりと過ごしながら、俺の頭の中には森美月のことばかりが浮かんでいた。同じ日程の休暇を彼女はどう過ごしているのかと意味もなくそんなことを考えていた。
「ねえ、浩志」
「…なんだよ」
「昨日ね、風呂上りに楽しみにしてた期間限定のアイス、藤くんが勝手に食べちゃったの。もう大ゲンカだよね。怒った顔もかわいいとかそういうのどうでもいいんだわ」
「それが、なんだ」
「浩志さ、なんか悩んでるんでしょ。ほら、言ってごらんよ」
「……とりあえず、お前のその顔すげー腹立つ」
悩んでいる。悶々としている。その元凶はいま、目の前で俺と同じく残業中のこのくそ女だ。
花火大会の晩、おぶった森がやたらとくっついてくる所為で、そりゃあどきりともしたし、男としては己の欲と闘わざるを得なかった。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、生意気にもあいつは俺を挑発した。だからといって、挑発されたから、誘われたから、とそんな理由で手出しをしようと思った訳ではなかった。
俺なりのあいつと向き合うことへの覚悟の表れだったのだ。それなのに。