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Quattro stagioni
第12章 スタンダールの幸福 Ⅶ♡
「……」
名前を呼んでくれと、そう言われた。初めて声に出して彼女の下の名前を呼んだ時、脳裏浮かんだのは都筑の姿だった。裸で後ろ手に拘束され、ベッドでもがいていたあのあられもない姿。上気した肌と、欲情と絶望が入り混じった表情。くぐもった振動音さえも耳の奥で甦った。
衝撃的な都筑の姿が脳内を占拠すると、股間に集まっていた熱は瞬く間に冷めていった。だめだ。こんな状態で森を抱くことは出来ない。なんと言ってやれば良かったのかも分からなかった。
日曜に連絡をいれようかと思ったものの、言い訳をすれば彼女を傷つけるような気がした。結局、俺は弁明もなにも出来ないまま月曜の今日になって顔を合わせ、仕事にはいまいち集中出来ず、間もなく20時30分になろうかという今、まだ会社に居る。気付けばフロアには俺と都筑しかいない。
「美月ちゃんとなんかあった?今日、妙によそよそしかったし」
だからお前の所為だというのに。にやにやするんじゃねえよ。ち、と舌を打つとむかつく都筑の笑みが深くなる。
「ほれほれ、言ってごらんって。私と君は親友だ」
「……てめーの所為だよ、くそ女」
「え?私?なんかしたっけ?」
こいつ、まさかあの悲惨な姿を俺に見せたことなど忘れているのか。呆れすぎて、溜息すら出てこない。椅子の背もたれに身体を預け、じとりと都筑を睨み付けた。
「……お前の、」
「うん」
「………いや、いい。なんでもねえ」
「ええー気になるじゃん」
無視だ、無視。姿勢を正し、残りの仕事をさっさと片付けるべく気合を入れ直す。だが、都筑は諦めることなく、ねえねえ、としつこく話しかけてくる。仕事終わってんだったら早く帰れよ。
「ねえ、浩志ってば、」
ぶつり。頭の中で音がする。ばん!と鈍い音。手のひらに痛みが走った。
「だー!うるせえな!あいつの名前呼んだらお前の裸が頭に浮かんで我に返ったんだよ!どうしてくれんだ!」
「……は、だか?」
「…お前の家で……なんか縛られて…」
にやにやしていた都筑の顔が蒼白になる。口をあんぐりと開け、声を出すこともままならないらしい。こいつ、やっぱり忘れていやがった。