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Quattro stagioni
第6章 スタンダールの幸福 Ⅰ
あと、少し。そうだ、あと、ほんの少しだった。
いまだにふとした瞬間にそう思う。気がつけば傍に居て、隣にいることが当たり前になっていた女。あと、もう少しだけ早く自分の気持ちを伝えていればこうはならなかっただろうと、そう、思う。
同時にきっかけを探しながら心地良い関係を崩すことに怯えていた自分を愚かだとも思う。
「いやー、まさか私が浩志に並ぶ日が来るとはね。もう先輩面させないよ」
「お前が俺を先輩として敬ったことが一度でもあったか」
にやにや笑いを隠す素振りを微塵も見せない都筑志保の頬を抓る。いひゃい、と間抜けな声を出して眉間に皺を寄せた。今が、不幸かと問われれば、そうは思わない。俺たちの関係は俺の望む方向には転じなかったけれど、心のどこかで安堵している。
俺は、叶うことなら自分がずっと都筑の傍に居て、守っていきたいと思っていた。だが、都筑は力づくでこいつの心をかっさらっていった藤を選んだ。惚れた女とよき理解者であった友人をいっぺんに失くすことになるかと思ったが、なんだかんだこいつが居心地の良い存在であることには変わりなかった。
元に、戻ったのだ。藤の介入でかき乱された俺と都筑の関係は少しだけ歪んで、それでも、元に戻った。
都筑は俺に気を使ってかあまり言いたがらないが、藤と同居して上手いこと楽しく暮らしているらしい。後輩の津田と話す声を聞きながら何故だが俺は酷くほっとした。
なにかに怯えて、なにかを不安がって、いつもどこかぴりぴりしていた都筑の纏う空気は藤と共に暮らすようになってから格段に丸くなった。
横顔を見ればこの女がどれだけ藤を大事にしているかは分かるのに、藤のやつは自分の一方通行だと思い込んでいる所が面白かったりしなくもない。