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Quattro stagioni
第6章 スタンダールの幸福 Ⅰ
いま、都筑は新入社員を迎えるための席替えに勤しんでいる。中途採用で入社してきてからほぼ3年、俺の隣に座っていた彼女は向かい合わせになった席に移動することになった。ごそごそと小物を移動させている都筑の背を藤がじっと見ているのが分かる。
しっし、と手で払う動作をすると奴は眉を顰めて仕事に戻っていった。都筑は上手いこと藤を操っているのか、言うのは癪だが近頃の藤の働き振りには目を瞠るものがある。
「中原、都筑、ちょっと来てくれ。新人紹介するから」
「え!ちょっと待ってください。まだPCが…、」
「お前、時間あったんだからやっておけよ。当日にばたばたして…」
「うるさいな。いろいろ忙しかったんだよ。先月出張ばっかりだったし」
時は巡り、春がやってきた。寒い冬を越えてようやく暖かくなってきたかと思うと季節は急いて夏へ向かっているようにも思う。5月頭の連休を終えて、気温はぐんぐん上がっていく。そんな中、4月1日付で入社した新入社員たちはおよそ1ヶ月の全社研修の後、各部署に振り分けられる。
俺はその4月1日付で昇進し、主任になった。うちの部署に2名の新人が配属されることが決まったと同時に、都筑は一月遅れでひょいと出世し、俺と同じ肩書きがついた。部長が言うには異例の出世らしい。
乱雑に散らかった2つのデスクを見比べながら、小物は後から移せよ、と思う。それは言わず、都筑の背中をばしんと叩いて促した。眉を顰めて、痛い、と文句を言いたげな顔になるが隣に並んで歩き出す。
フロアの入り口の辺りまで出ていくとここのところ生え際が危うくなってきている部長が男女1名ずつの新入社員に向けてなにか話しかけているのが見える。男の方は俺と同じくらいの身長。短く整えた黒髪はそれだけで妙に爽やかな印象を与える。
― ちっさ…、
部長と男の影に隠れていたもうひとり。寄っていった都筑と比べてもうんと背が低い。15センチは違うか。長そうな黒い髪を高い位置で一つに結っている。緊張一杯の面持ちで、頬には雄弁に、不安ですと書いてある。